花氷*


「悪い、どうしても抜けられなくなって・・・」
 受話器の向こうで、申し訳なさそうに謝られた。三日後に迫った約束の日に関して、向こうからかかってきた電話。忙しい身だから暇がなくて、ようやくもぎ取った休みだった。
 けれど急に忙しくなって、だから。
「・・・そうか」
 ヴェイグはそれだけ返し、音が拾われないように溜息をついた。
 ユーリは一流の企業に勤めている。元々多忙で、簡単に休みがとれるものではない。
 だから、仕方がない。
「ほんとに悪いな」
「いや、」
 重ねて謝るユーリに見えないとわかっていつつも小さく首を振る。髪がぱさりと携帯に当たったから、向こうにも聞こえただろうか。
「なにかしたいこととか、してほしいこととかあったらなんでも聞いてやるから」
 ヴェイグはあまりそういうことを望まない。したいとかしたくないとか、わがままの類をほとんど言わなかった。けれどこの状況でそれはないだろう。今回は全面的に自分に非がある。埋め合わせは別にするとしても、このまま通話を終えるなんて冗談じゃない。
 思って言ったユーリに、ヴェイグは電話口で再び首を傾げた。
「なんでも、?」
「あぁ」
 オレにできることなら、なんでも。
 オウム返しに尋ねるヴェイグにユーリは頷く。それじゃあ、とすぐに言葉を続けたヴェイグに珍しいなと思う間もなく、
「・・・今すぐ来てくれ」
「、え」
 あまりにも青年の口から聞いたことのない類の言葉だったから、咄嗟に反応できなかった。思わず間抜けに声を上げる。要望を理解する前に、再び言葉を重ねられた。
「なんでもない、気にするな」
 なんでもないってことはないだろう。
 言いたいが、口から出てこない。それだけ予想外ということか。今までどれだけヴェイグが合わせてきたのだろうと、少し気が遠くなった。これが自分相手のみならいいが(いやよくないが)、誰に対してもこうなら逆に問題だ。
「いや、ヴェイグ・・・」
「忙しいときにすまない。それじゃあ」
 そういうことじゃなくてだな、そう続けるつもりだった言葉は今度は明らかな意思を持って遮られた。
「ちょ、待てって!・・・切れやがった」
 切断を示すヴェイグに慌てて返すが、ぷつりという無情な音が通話の終了を告げた。
 ユーリは呟いて、思わず舌打ちを一つ。見上げた時計は夜の8:45を指している。
 たまの有給を潰した挙げ句に残業かよ。デスクの書類と時計、それから自らのスケジュールを見比べて。ユーリは唐突に立ち上がった。無造作にカバンに筆記用具を投げ込み、そのままカバンをつかむ。
 自分と同じように残業している物好きな同僚に通りすがりに声をかけ、さっさとオフィスをでた。電話していたときからこちらを窺われていたから、たぶん理由を察したのだろう。背中にがんばれよ、と声をかけられる。何をがんばるんだとつっこもうと思ったが、そんな時間も惜しいので気づかないフリをした。
 電車とバスを乗り継ぐのはロスがある。タクシーを拾った方が早い。暇そうに止まっている車を捕まえて足早に目的地を告げ、ユーリはシートに沈んだ。携帯を取り出してメールを打ち出し、けれど未送信のままたたむ。
 見慣れた景色が増えてきたところで携帯を開く。停止位置を指示し、タクシーが止まったと同時に送信ボタンを押した。
 それから迷わず階段を上り、チャイムを鳴らす。
 しばしの間の後、ドアが控えめに開いた。
「よお、お姫様」
「ユ、・・・ッ!」
 白銀の髪が見えてすぐ、わずかに開いたドアの隙間を片手で引き開ける。携帯電話を片手に出てきたところを見るとメールを返そうとしていたのか、すでに返したのだろう。
 瞠目しているヴェイグを抱きしめ、一息。
 ああ落ち着く、と呟いた。
「ユーリ、どうして・・・」
 身じろぎしたヴェイグに腕の力を緩める。見合った瞳が困惑に揺れていた。
「お前が来てほしいって行ったんだろ?恋人の頼みも聞かない男に見えるか?」
「だが、」
 言い募ろうとしたヴェイグの唇を、ユーリは自らのそれで塞いだ。

望むこと

(お前の望みならなんだって、)

  

  

とりあえずヴェイグさん不用心だからいきなりドアを開けてはいけません(笑)
リーマンと学生パラレル、かな?←
ユーリさんはたぶんエリートな社員であんまり休みとかとれないんです。で、そんな中でやっと休みが取れたからデートの約束をした、のはいいんだけど会社の都合で休みがパーになってしかも今日は残業だとふざけんなよ、というお話です(違)
結局残業は強制終了しました。めずらしくお願い事をしてきた子優先ですwww
ヴェイグはたぶん一人暮らしだけどアパートっていうよりはマンションに近い・・・?
私のイメージアパートってチャイムはあるけどドア開けるしかない、みたいな(古い)
で、携帯は今からそっちいく、みたいなメール。ヴェイグはこなくていいみたいな返事を書いててチャイム鳴った、的な
後書きがないと伝わらないという残念さですwww←
100810