花氷*


 少し前を歩くユーリたちが、楽しそうに話をしているのが見えた。殿を務めると最後方であとに続いているオレにも、その声が届いている。けれど数歩の距離が、会話を遮る。元々会話に参加できるような性格ではないが。
 絶えず続く弾んだ声と、それに対する呆れ声。楽しそうにつっこみを入れるユーリ。
 賑やかながらも探られている気配に、魔物もほとんど寄っては来なかった。
「・・・ユーリ」
 呟くように出た声は、仲間にかき消されて消えた。誰も気づいた様子はなさそうだ。
 これだけ離れていれば、当然のこと。
 いつでも抜けるようにと柄に触れていた手を下ろす。この様子では魔物は出ないだろう。依頼は採掘だし、わざわざ狩りにいくこともない。
 魔物の気配を探るのをやめると、頭は勝手に前方の会話を探った。笑い声、呆れ声、得意げな声。いろんな声が聞こえる。見えないけれど、たぶん笑顔。
 ・・・見えなくて、よかった。
「・・・っ」
 ふと横を向いたユーリが、隣の少女の頭に触れた。マオにやるように軽く叩いたり髪をかき回したりするそれではなく、優しく撫でる。横顔も同じように優しくて、思わず目をそらした。
 当たり前のようにその光景を受け入れる仲間がからかいの声を上げる。
 気配を探るのをやめようとして、けれどできない。
 ぎゅ、と手を握りしめる。すぐに終わるのだから耐えればいい。言い聞かせたけれど、きりきり痛む体の内側が、この場所にいることを拒否した。
「すまないが、先に戻らせてもらう」
「どうしたんだ?」
 足を早めて前に追いつき、意識して声を出す。振り返ったユーリに曖昧に返して、ディセンダーが了承するのを見届けた。
 仲間たちが怪訝そうな顔で見てきたけれど、気にしている場合ではなかった。
 早くここから、離れたい。
「ヴェイグ・・・?」

   

 結局お目当てのものはなかなか見つからず、時間がかかってしまった。
 入った瞬間、ひやりとした空気を感じた。いつもより気温が低くなるように空調が設定されているのか、外から戻ったばかりだからそう感じるのか。少なくとも周囲に寒さを感じている様子はなさそうだった。
 気のせいか、と首を傾げながらヴェイグの部屋に向かう。様子がおかしかったのが気になった。顔色も悪かったし、体調でも崩したのか。
「・・・ユージーン?どうしたんだそんなとこで」
 ヴェイグの部屋の前で、ユージーンに会った。会ったというより、部屋の前に待機していたようだ。オレの声に反応したガジュマの男は、もたれていたドアから体を起こした。
 ヴェイグに用か、と尋ねるのに頷くと、
「今はやめた方がいいと思うが」
 ちらりと部屋を窺い見て言った。
 様子がおかしかったから。
 そう理由を示すと、まあそうだろうな、とユージーンはなんとも微妙な反応を見せた。眉を寄せるとユージーンは暫し逡巡し。原因はわからないが、と前置きしてから、
「不安定になるとたまにああなるんだ」
「ああ?」
 話を聞ける状態じゃないし、原因もわからない。だからそういう場合俺たちは何もしないことにしている。ヴェイグの中で整理がつけば治まって出てくる。具体的に悩みが解決したのかわからないところと、力になれないのは痛いところだが。
 続けたガジュマの戦士は小さく溜息をついた。
 不安定になるようなタイプには見えないけどな。
「だから用なら後にした方がいい」
「たぶん、今日のことが関係してると思うんだよな」
 今このタイミングでそうなるってんなら。
 言えば、ユージーンは再び溜息をついて。ゆっくりとドアの前からどいた。どうやら門番は通してくれる気になったらしい。覚悟はしておけよ、という何とも不穏な言葉を残して、ユージーンはこの場を離れた。
 さて、と一つ間をおいて、ドアノブに手をかける。ひやりと金属の冷たさが身体を駆けた。いくら金属とはいえこれはおかしいだろ。
「・・・おいおい、これはさすがに、」
 予想外なんだが。
 思わず呟いたのは仕方ねぇ。開けた部屋からはものすごい冷気とうっすら白んだ空気。とりあえず周りに気づかれる前にと中に入ってドアを閉ざした。
 足下から這い上がる冷気を気づかないフリで無視して足を踏み入れる。まるで冷蔵庫、ってか。
「・・・ヴェイグ?」
 薄着じゃ長くは保たないかもな。いざとなればユージーンがたぶん救助してくれるだろうが、できればそれも避けたい。
 氷柱でも生えていそうな部屋の中を見回して、ベッドに白銀を見つけた。
 普段の格好なら冷気の靄に同化するところだが、どうやら脱ぎ捨てたらしい装備が床に転がっていた。おかげで目立つ青いインナーはすぐに目に入る。
 大した意味はないと思いながらなるべく温度の高そうな床を踏みしめる。凍ってはいないが霜くらいははっていそうだ。
「ヴェイグ、どうした?」
 普通に考えたらどうしたどころの騒ぎじゃないが、ユージーンの話からすると前科持ちだ。
 声が白く染まるのがわかる。背を向けた状態で(これまた一つ間違えたら凍り付いていそうな)ベッドに横たわっているヴェイグの肩に触れる。布越しに感じる温度はかろうじて人の体温だった。
 声をかけてもぴくりとも反応を返さないヴェイグに溜息をついて、同じベッドに腰を下ろす。案の定ベッドは半分凍った状態だったが、そんなことはもう関係なかった。
 慣れたのか寒さもそんなに感じない。座ってから、起こそうかどうしようか悩む。
 ・・・そもそも、だ。こいつ、寝てるのか?
「ヴェイグ、起きろ。ヴェイグ!」
 この気温で寝ていたらそれは凍死寸前であって寝ているとはいわない。  氷を扱うヴェイグのことだ、たぶんこの惨状もこいつの力だろう。となればそれで死んでいたらお笑い草だが、しかし。
「ヴェイグ!」
「・・・ん・・・っ」
 万が一がないとは言い切れない。
 思って強く名前を呼んで肩を揺する。仰向けの形になったヴェイグが、小さく呻いた。とりあえず死んではいなかったわけだ。
 色をなくしている冷たい頬を軽く叩くと、髪と同じ色の睫が震える。うっすらと青い瞳が覗いて、目が合った。
「・・・ッ!」
「よぉ、いくら寒いのに強くてもこれはどうかと思うぜ?」
 合った目は大きく見開かれ、それからヴェイグは息を飲む。まあ起きてみたら目の前に人がいるとなれば、驚くのも無理はないか。
 部屋凍ってるけど、なにしたんだ?
 いきなり直球を投げるのは流石に戸惑われて、冗談混じりに言葉をかける。ヴェイグはゆるりと部屋を見渡して、小さくまた、と呟いた。
「ユーリ、」
 早く出ろ。
 端的な言葉に、こっちが溜息。そんな命令聞けるかっての。
 ちょっとした反抗心と、不満と、心配。呟いたヴェイグが、なんともいえない顔をしていたから。編まれた髪を、つい、と引っ張って。
「悩みがあるなら聞くし、言いたくないなら聞かねぇよ。でもな、出るならお前も一緒だ」
 いくら氷操れるったって体温調節できるわけじゃないんだし、風邪引くぜ、と。
「なぜだ?」
「なぜって・・・まあ、放っておけないからだな」
 言えば、ヴェイグはわずかに眉を寄せる。それはたぶん怒っているとかではなくて、困っている表情。
 放っておけない。うん、間違いではない。ただ少し、ベクトルが違うだけで。しかし、対する答えが返ってこない。自分は出れないとでも言う気なんだろうか、こいつは。
 しばらくというにはやや長い沈黙。
 それから再びこちらを見やったヴェイグが一言、
「ユーリのせいだ」
「・・・は?」
 念を押すように、ユーリのせいでこうなった、と。
 予想外の言葉に目を瞬く。オレ、なにかしたか?今日のことを思い返しても、該当することはない。戦闘でミスをした覚えもなければ、下手なことを言った覚えも。
 ヴェイグがふと表情を緩めて、考えているオレに指を伸ばした。
「しわ、消えなくなるぞ」
 冷たい指先が眉間に触れる。
 誰のせいだよ、とつっこもうと目をやったヴェイグが微かに笑みを形作っていて、つっこみそこねた。どうした、というヴェイグの声に我に返って、立ち上がる。
「温かいもんもらってくるから、ちょっと待ってな」
 あくまでも自然を装って咳払いして。
 小さく頷いたヴェイグを確認してから部屋を出た。
 出てすぐに、溜息。くしゃりと髪を乱してから片手で顔を覆って。
「あれは反則だろ・・・」
 脳裏に浮かぶ青年を振り払い、食堂へ向かう。とりあえず体を温める飲み物を作ってもらって。
 それから・・・そうだな、

 お前には言われたくないと言ってやろう。

不可思議な現象

(・・・しかし、あれはなんだったんだ?)

  

  

なんぞこれwユリヴェイ未満。でも両片思いみたいな
まさかのシリアス展開だったのが日が空いたらよくわからないことになりました
身も蓋もない言い方するとただの嫉妬話←
無意識と有意識な片思い。単なる嫉妬がどこまで行くんだろうと書きながら思ったwww
ヴェイグの一人称で書き始めたはいいけどそのあと続かなくなって急遽ユーリさんに出ていただいた
ついでに三人称ユーリ視点で書いていたはずがいつの間にか一人称ユーリさんに変化してました
ユージーンは友情出演。ヴェイグさんの体質に関しては書いているわたしが一番理解不能です←
ちょっとした規模のフォルス暴走みたいな?我に返ると戻る感じの
体力の限界までくるとフォルスの方が主人を気遣って落ち着くというか。なんだその妖精さんwww
フォルスにはそれくらいの設定があってもいいと思うんだ・・・!たまに起こります
氷が出てくるというよりは気温がすごい勢いで下がって霜とか氷柱とかが出てくるみたいな感じ
冷蔵庫現象です(ネーミングセンス)
ところであの世界って冷蔵庫とか電子レンジとかたぶんないよね?
100920