花氷*


 きっかけは、とても些細なこと。

 ある晴れた秋の日。
 ルカとイリアが、珍しく甲板でじゃれあっていた(一方的に少年が虐められているともいう)。流石にいきすぎると止めてくれる少々年上の少年もディセンダーに同行していて不在で。
 どうやら鬱憤がたまっていたらしいイリアのいじりはいつもより少しばかり過剰だった。ルカはイリアから逃げようと必死に走り、後ろを気にしてばかりで。
 その結果、
「うわっ!?」
「・・・ッ!?」
 甲板に出てきたばかりのヴェイグを思い切り突き飛ばした。
 少年とはいえ身の丈と同じほどの大剣を振り回す剣士であるルカの力はやはりそれなりで。突然のことにヴェイグも対処しきれず、勢いのままに数歩歩を進め。端まで来ても勢いは殺されることなくヴェイグを襲い、そのまま海に落下した。
 よくも飽きないもんだ、と二人を眺めていたユーリは一転、焦ってヴェイグが消えた反対側の舷まで駆け寄る。
「ど、どうしよう・・・っ」
 泣きそうなルカとやっちゃった、とばかりに顔を覆うイリアの横に並び、海面をのぞき込む。
 五秒。十秒。十五秒。そこまで無言で数えてから、ユーリは顔色を変えた。
 それから少年少女にタオルの用意を頼み、片手で縁をつかんでひらりと飛び降りる。先程より静かな水音を立てて海面に消えた黒い背中を見送って、イリアがルカの首根っこをつかんで船内へ消えた。
「ヴェイグ!」
 重力加速度の関係で沈み込んだ身体を水面に出して、ユーリは辺りを見回す。白銀は見えない。舌打ちを一つして、今度は海中に潜り。視界の端に揺れるしっぽを見つけて目を見開いた。動きづらい体を動かして向きを変え、ヴェイグを視界の中心に入れる。
 一直線にヴェイグに向かって進んだユーリは手を伸ばし、波に遊ばれている腕をつかんで引き寄せた。腰に手を回して安定させてから、水面に上がる。
 完全に意識をなくしているらしい青年をのぞき込み、
「早くつかみなさい!」
 船からロープが投げ入れられて、ユーリはそれをつかんだ。
 ヴェイグをなんとか船に上げようと浮かせたところで、その青年を受け止める青い腕。蜂蜜色に眼鏡の男が、代わりにヴェイグを持ち上げる。
 自分は軽々と甲板に降りたって、ユーリは濡れた黒髪をかきあげた。
「まったく、世話をかけてくれますねぇ」
 ヴェイグを横抱きにしたままのジェイドが、ユーリに視線を送って溜息をついた。
 こちらは調査やら実験やらで忙しいというのに。
 これ見よがしに迷惑げな態度にユーリがぴくりと眉を上げる。乱暴に髪を払うと、ヴェイグを奪うように受け取った。
「そりゃあ悪かったな」
「・・・いえいえ。いいんですよ、新しいデータもとれたことですし」
 肩をすくめたジェイドが笑って踵を返す。研究室に戻るのだろうその背中を見送って、ユーリは溜息をついた。
 おそらくルカとイリアが(どちらかといえばルカが、だが)飛び込んだ先が研究室だったのだろう。あそこには必ず誰かしら人がいるから、事態を報告して助力を求めるのにはもってこいだ。広い船内を駆け回るよりもずっと時間が短縮できる。
 しかし、あえてあの男が出てくるとは。ふんぞり返って指示だけ出すイメージしかなかったのだが。
「っと、そんなこと考えてる場合じゃねぇな」
 抱き上げたままだったヴェイグを下ろして、頬を叩く。
 どうでもいいがこんなに軽くて大丈夫なのだろうか。上背は自分より高いし、大剣を振り回すだけの筋肉もあるはずだが、そんな重さを感じなかった。意識を失い衣服は水を吸っているにも関わらず、だ。
 それこそ槍を扱いつつも術師であるジェイドが余裕で持ち上げられるほどに。
「ヴェイグ、しっかりしろ」
「・・っ・・・」
 反応が薄い。無意識か。
 ユーリはヴェイグの髪を払い、冷えた唇に自らのそれを重ねた。息を吹き込む。幾度か繰り返す内に、横たわる身体がぴくりと跳ねる。
 それから目を開けたヴェイグが、ゆっくりと瞬きをした。
 ユーリは構わずに再び唇を重ねると、今度は深く吐息を合わせる。青い目が大きく見開かれて、黒い服を強く引いた。
「・・・ーリっ」
 勢いよく身体を起こした衝撃で咳込むヴェイグの背を軽く叩いてやる。
 非難するように見てくる青年に肩を竦めてから、ユーリは小さく笑った。
 横に置いてあった(たぶん二人が置いてから空気を読んで部屋に戻ったんだろう)タオルをつかんでヴェイグに放る。太陽の光で乾かされた柔らかいタオルから顔を出したヴェイグの頭を自分のタオルで拭いてやりながら、ユーリはふと思い至った。
「なあ、」
「?」
「お前、もしかして泳げないのか?」
 十秒。二十秒。三十秒。沈黙の後、ヴェイグは小さく首を傾げ。
「泳ぐ、?」
「・・・・マジか」
 思わず片手で顔を覆って、ユーリは呟いた。

海と船と水泳事情

(泳げないなんて、しらなかった)

  

  

いろいろとごめんなさい←
ヴェイグは泳げないと思った。というか泳いだ経験がなさそうな
「泳ぐ」という行為は知ってるはずですよね。知識はあるよねきっと
でもほらあの村年中氷に包まれてそうだし、!ごめんなさい←
わたしはものすごくヴェイグに夢を見ています
大佐が出てきたのも個人的な趣味です。みんなとヴェイグを絡ませたいお年頃!w←
あ、あとわたしはスパーダはちゃんと考えられる子だと思ってます
おっちゃん(だったよね確か)も聖女様もいないからっていうのもあるかもしれないけど
100902