花氷*


 珍しくヴェイグがキッチンに立っていた。
 食堂から出てきたロイドたちにそんな話を聞いて、ユーリは首を傾げた。あまり料理をするタイプではなかったはずだ。思いながら食堂に入ると、マオと目が合った。軽く手を挙げて挨拶してからキッチンに直行する。
 調理台に見慣れた姿を見つけて隣に並んだ。どうした?小さく尋ねられて、瞬間答えに迷う。ヴェイグがキッチンに立っていたと聞いたから来ただけで、これといって予定があったわけではなかった。
「いや、コーヒーでも飲もうかと思って」
「よければ、淹れるが」
 適当に取り繕った言葉に、予想外の嬉しい返答が返ってくる。こういう展開になったことがないから、なんだか新鮮だ。
 座って待っていてくれ、という提案に甘えて、ユーリはテーブルに戻る。いつにも増して嬉しそうなマオの向かいに腰掛けた。
「ご機嫌だな」
 にこにこしている少年を怪訝そうに見やる。マオの目の前には今のところなにもない。おいしいおやつにご満悦、というわけでもなさそうだ。
 そしてその答えが。
「ヴェイグにココアいれてもらってるんだ」
「・・・ココア?」
 そういえばそんな材料が並んでいた気がするな、と思う。
 子供用の甘い飲み物。特に特別なものではない。わざわざヴェイグがいれるものでもないのではないか。それともココアを入れるのが大得意とでもいうのだろうか。
 ヴェイグのいれてくれるココアはおいしいけどネ!マオはそう言いながら、けれど、
「今日は特別!」
 だって、明日はバレンタインだもの。楽しそうに続けた。
 言われて気づく。そうだ、明日は。
 マオがヴェイグに作ってもらっているのは、ココアだ。またの名を、ホットチョコレート。
 得意げな笑顔を一瞥し、ユーリは立ち上がる。向かったキッチンでは、ヴェイグが小鍋から甘い液体を注ぐところ。足音に振り返ったヴェイグが不思議そうに目を瞬かせた。それから合点が行ったかのように、申しわけなさそうな顔をして、
「・・・すまない、コーヒーはこれからなんだ」
 そっちかよ、と内心つっこみながらヴェイグを見やる。
 その言葉を聞く限り、恐らくヴェイグは真意に気づいてはいまい。ただ頼まれたから入れた、それだけ。
 ユーリは安堵して、溜息を一つ。
「オレもココアが飲みたいんだけど、いいか?」
「構わないが、」
 時間がかかるぞ、という主旨の視線に頷く。甘いものが飲みたい気分なんだ、と。ユーリの甘い物好きは船の誰もが知るところだから、特に不審な点はない。
 マオ用のココアを渡してから戻ってくる。律儀にチョコレートを溶かすところから始めるヴェイグを隠しきれない笑みを浮かべて眺め。少しして出来上がった湯気の立つココアを差し出してくる青年に、軽いキスを落とした。
「サンキュ」
「っ、ああ」
 それから言い残した言葉の意味に、ヴェイグは気づいただろうか。

ココアだってチョコレート

(一ヶ月後をお楽しみに!)

  

  

マオがいつもこんな役割でごめんなさい
何度も言ってるけどマオはヴェイグに懐いてるだけです
遅れてるのに当日より前の話を書くのはどうかと思いつつ←
ココアを入れるのが上手な人がどこかにいたなぁと思って。なんだろ、別ジャンルだという記憶はあるんだけど
ココアとホットチョコレートは厳密には違った気がするんですけど、まあいいか
しかしこれでホワイトデーに気合いを入れなければいけないことに・・・←
110216