花氷*


「・・・・!」
 満開の花を見上げて、ヴェイグは息を飲む。
 結界魔導器の役割も果たす巨大な樹。ヴェイグが見るのは初めてだった。
 ハルルの樹が花開く頃、一時的に結界が弱まるために魔物が集まってくる。凛々の明星に舞い込んできた依頼は、ハルルを襲う魔物を退治するという、至極単純なもの。
 ユーリ、ジュディスといった武闘派の二人がいれば簡単なものだと、嫌そうな顔をする首領をなだめて一行はハルルを訪れた。
「おかしくならなかったのね、周期」
 ちょっと意外そうに言いながら、リタが隣に並んだ。それを見下ろして、ヴェイグは首を傾げる。
 ちらりと目をやったリタが、ハルルの樹に視線を戻して口を開いた。ユーリたちと初めて会って、ハルルに来たときのこと。
 満月の子と呼ばれたエステルが最初に不思議な力を使ったらしいこと。毒に冒された樹はエステルの力で蘇り、それどころか成長を促進させて満開の花を咲かせたこと。
「ふつう樹木の花を咲かせる周期は一年に一度。あのときに既に咲いているから、周期的に考えるとまだ咲かないのよ」
 まぁあれがイレギュラーだったなら、二度咲いてもおかしくないかもね。
 続けたリタは、手を振りながら名を呼ぶエステルに軽く肩を竦めて歩いていった。少女を見送ってから、ヴェイグは坂を上る。
 丘の上まで来ると、視界いっぱいに淡い春色が広がった。
「きれいだな」
「・・・ああ」
 ふいに声がして、ユーリが来ていたことに気づいた。振り返ると黒ずくめの男がヴェイグを見つめている。
 一仕事終えて解放感があるのか、表情がなんだか柔らかい。ヴェイグが目を合わせると、ユーリは目を細めた。
 ハルルの花の美しさは格別で、頷く。ちがうちがう、
「お前がだよ」
 ヴェイグは目を見開いて、言葉をなくした。
 ユーリがにやりと笑っている。からかわれたのだと気づいて、顔ごと視線をそらした。
「・・・そういうのは、エステルに言え」
 熱が上がってくるのがわかる。なにか言わなければいけない気がして、それだけ返して口を結んだ。
 そうだな、とでも言って、早く向こうに行ってはくれないだろうか。本音のようなそうでもないような複雑な願いを頭の中に浮かべる。
 けれどその願いは叶えられることなく、ユーリはヴェイグへの距離を詰めた。
「からかってると思ったなら、間違いだぜ」
 真面目な顔でそう言うと、ふわりと頭を撫でられる。
 離れた指は淡い花びらを摘んでいて。
「花を見てるヴェイグがきれいだと思った。だから言った」
 それだけだ。
 思わず顔を上げたヴェイグに笑みを見せると、ユーリは指先の花びらにキスをした。

花片舞う中

(その仕草に見とれたなんて、気のせいだ)

  

  

inTOV
桜の話を書こうと思って、ハルルの樹が浮かんだのでハルルにしてみた
花が咲いた時期がどうとかいってますが、そもそも花の時期だったよね本編←
つっこみどころには目を瞑るとして
inTOVはどこでどうくっつけるか決めてないままちまちま書きためているので、この話をどこに持ってくるべきなのかすごく迷って曖昧なことになりました
そんなわけでたぶんまだくっついてないです
しかしユーリさん気障すぎ吹いたw←
110408