花氷*


 トリックオアトリート!
 そんな言葉が行き交うバンエルティア号で、ユーリは食堂に詰めている状態だった。
 本当は部屋にいたのだが、絶えず訪れる来訪者にうんざりしたのである。
 そもそも部屋に菓子が大量にある、はずがない。常備してあった(なぜかは聞かないでいただきたい)飴玉やらなにやらを一つずつ放出し、足りなくなりそうなのを見計らって部屋を出たのである。
 そうして大量生産できるクッキーを焼きつつ、時間を潰していたのだが。
「ユーリ!」
「オーブンに手つっこめるなら持ってっていいぞ」
 勢いよく食堂に飛び込んできた本日数人目の血気盛んな少年に、ユーリはさらりと返す。
 言われた方はそんなことできるわけないだろ!と不満そうに頬を膨らませ、食堂を出ていく。撃退完了、と内心肩を竦めた。
 もちろんオーブンに手をつっこむようなバカはいないから、オーブンさえ動いていればいいのだが、結局後々また襲撃があることを考えれば焼いておくに越したことはない。
 じりじりとオーブンが働く音が聞こえる中で、次に食堂へ入ってきたのはヴェイグだった。
 こん、と控えめに軽い音を鳴らしてから、静かに入ってくる。ほのかに香るクッキーの香りに知らずわずかに頬を緩めてから、ユーリの元に歩み寄った。
「大丈夫だったか?」
 尋ねたのは、トリックの餌食になったかどうか。
 ヴェイグがこくりと頷いて、手にしていた布の袋をテーブルに乗せた。中から転がり出てきたのは、小さくて四角い、たくさんの飴玉。
 準備がいいな、なんて感心することはない。持たせたのはおそらく・・・
「クレア?」
「・・・ああ」
 前日に部屋を訪れて、はい、と渡してきたのだという。そのときは訳がわからなかったけれど、今日ものすごく感謝した。
 さすがはクレアだ、とユーリは内心思いつつ、笑みを浮かべるにとどめた。
 それで、どうした?
 わかっているのに首を傾げたユーリに、ヴェイグがおずおずと口を開いた。
「・・・トリックオア、トリート」
 お化けが口にするには少々遠慮がちな問いかけに、ユーリはしばし考える。
 冷蔵庫には作っておいたピーチパイが入っている。いつもよりも少し桃が多くて、少し甘い特別製だ。オーブンの中のクッキーも、そろそろ焼けた頃だろう。
 それらを振る舞えば、ヴェイグは極上の表情を見せてくれる、かもしれない。
 けれど。
「じゃ、トリックで」
「・・・え、?」
 ユーリの返事に、ヴェイグは目を瞬いた。
 トリックオアトリートという言葉の、詳しい意味を知っているわけではない。たしかお菓子かイタズラか、ではなかっただろうか。
 イタズラはみんな嫌だから、お菓子を渡す。お菓子を渡すときにわざわざ答えを返したりしない。
 じゃあ、と言っているわけだし、わざわざ言葉を返したわけだから、つまりは。
「イタズラ、してくれるんだろ?」
 テーブルに頬杖をついたユーリが、意地の悪い笑みを浮かべて畳みかけた。
 その楽しそうな笑みに一瞬見とれて、それどころではないことを思い出す。
 まさかこんなことを言われるとは思っていなかったから、イタズラなんて考えていなかった。どうしよう。
 眉を寄せて、目に見えて困っている様子のヴェイグを眺めながらユーリは待っている。
 イタズラをされる方がする方より楽しそうだなんて、おかしい。
 頭の隅でそんなことを考えながら、やがてヴェイグがユーリを見据えた。どうやら覚悟が決まったらしい。
 それでも遠慮がちに手が伸びてきて、頬杖をついていない方の頬にそっと触れる。
 ゆっくりと顔が近づいて、唇が重なった。それはほんの一瞬。
「よくできました」
 顔を真っ赤にしたヴェイグが心なしか先程よりも距離を開けたのを見ながら、ユーリは笑みを浮かべた。
 言って頭を撫でてから、キッチンへと消える。間を空けず戻ってきたその手には、ピーチパイ。
 それをヴェイグの前に置いて。
 ユーリ、と呟くように疑問を呈したヴェイグに、
「ご褒美だな」
 機嫌よく言って、ユーリはにやりと笑った。

トリックオアトリック

(どちらを選んでも、同じ)

  

  

ユーリさんはずるい大人!w
捻りだしたらこんなことになりましたごめんなさい←
最後までいってようやくはめられたことに気づくのがヴェイグ
このあとはユーリさんにトリックオアトリートされたあげくクレアにもらった飴の袋はすでに回収されててトリックを選ばざるを得ないという流れです
クッキーはみんなに配ってなくなるんだと思います
あとがきに書くことがなかった←
とりあえずユーリさんマジずるい大人!(大事なことなので二回目)
111029