花氷*


 うろうろと甲板を歩き回る背中を見つけて、ヴェイグは小さく首を傾げた。
「・・・セネル?」
 どうしたんだ、という意味を込めて名を呼ぶと、ぴく、と反応して振り返る。不思議そうな顔をしているヴェイグを視認して、セネルは立ち止まった。
 ヴェイグ、と小さく呟く。そのままヴェイグに詰め寄って、
「シャーリィが・・・!」
 一番に飛び出したその名に、ヴェイグは思わず溜息をついた。
 セネルが殊更大事にしている、彼の妹。たしか今はディセンダーたちとともにクエストに出ているはずだ。
 彼女を連れていく必要があるのだと、アンジュが話していたのを聞いた。
「洞窟の魔物はかなり手強いはずだ。オレをつれていってくれればシャーリィを守ることも・・・」
「・・・セネル」
 心配で心配で仕方がないのだろう。自分がついていけば彼女を直接守ることもできるが、ついていけないのであればこうして心配することしかできない。
 気持ちは、もちろんわかる。ヴェイグだってクレアになにかあると思えば落ち着いていられないし、なによりも大事な家族だ。
 けれどシャーリィは子供ではない。もちろんクレアだって子供ではないが。
 彼女は自ら武器を持ち、魔術を用いて戦うことができるのだ。だからクレアと同じように考えることはたぶん間違いで、シャーリィにしてみても戦士としては侮辱になるのではないか。
 そう思うのだ。
 ・・・というのは建前で。
「シャーリィなら大丈夫だ」
「どうしてそう言いきれるんだ」
 強い魔物が出てくるかもしれないだろ、と続けるセネルはきっと、目の前に誰がいたって変わらないのだろう。
 彼にとってシャーリィが一番で、今は残りはどうでもいい。たとえヴェイグが一般に恋人と言われる間柄だとしても、だ。
 とりあえず宥めようと口を開くも全く鑑みない形になってしまって、ヴェイグはむ、と唇を引き結んだ。
 悪いがヴェイグはそんなに気の長い方ではない。
 それに気づく様子もないセネルに向けて、ヴェイグは再び口を開いた。
 なぜと問うのか。なぜならば。
「ユーリが一緒だろう」
「ッ!」
 ユーリの実力は誰もが知るところである。戦闘狂であるところも、だが。
 彼がついていれば、滅多なことは起こらない。誰もがユーリをそう評価しているし、ヴェイグも同じだ。
 最初に手合わせしたときは全然歯が立たなかった。今なら少しは保つ、だろうけれど。
 だから、大丈夫だ。
 そう言って、ヴェイグはセネルに背を向けた。
 この状態のセネルと一緒にいても、たぶん自分がやりきれない気分になるだけだから。
 思って部屋に戻ろうとしたヴェイグの手が、力強い手に掴まれた。掴んだのはもちろん、セネル。
「・・・れ」
 小さな声は聞き取れない。
 ヴェイグが眉を寄せると、ぐい、とさらに手を引いて引き寄せられた。
 先ほど詰め寄られたのと同じくらいに距離を縮めて、セネルはどこか不満げに繰り返した。
「他の男を褒めるのは、やめてくれ」
 幾度か瞬きをしてから、ヴェイグは思わず笑みを漏らした。
 笑いごとじゃない、なんてセネルがぼやく。ただでさえ不安なのに、あっさり褒められてはいつ誰かに掠め取られるかもわからない。無自覚は困る。
 そう思っているのは、お互い同じ。
 ヴェイグはぼやいているセネルをのぞき込み、じっと見つめた。
 青い瞳に思わず吸い込まれそうな錯覚を覚えて、セネルは首を振る。
「・・・人のことは言えないだろう、セネル」
 やがて言ったヴェイグの声にようやく不満げな響きを感じ取ってセネルは目を見開き。
 甲板であることも忘れて、力一杯ヴェイグを抱きしめた。

安危を計る意味の無さ

(オレら、今出てってもいいと思うか?)
(お兄ちゃん・・・恥ずかしい・・・)

  

  

おかしいこんな話になる予定では・・・←
元は別のお題だったんですが、あまりにも逸脱したので急遽変更
ユリヴェイ前提じゃないヴェイグ受けをがんばった!w
けどユーリさんに夢を見ているのはわたしなのでこんなことになりました。一番強いのはユーリさん!←
いろいろ言うけど、二人とも人のことは言えないよね、という
ユーリがいるから大丈夫。でもセネヴェイという矛盾
111022

消失していた文章をようやく発掘したので加筆修正
140222