花氷*


 よく晴れた日の午後。
 シュヴァーン邸の裏門で、ユーリはヴェイグと語らっていた。
 あれでいて気が回る主人が、朝からヴェイグを送り出したのである。服装も一般のものを用意し(ただし素材の質はものすごくよかった)、ただの町人として一日を過ごせるよう計らった。
 彼曰く、ヴェイグのためであってユーリのためではない、のだが。
 ただ一つ、隠すことのできない指先の紅を考えて、ユーリは下町を案内した。
 紅の意味を知っていても、下町の住人たちは気にしたりしない。不安げなヴェイグにそう告げて、ユーリはその手を引いた。
 その言葉は本当で、温かい人々に囲まれてヴェイグにも笑みが戻った。
「どうだった?楽しかったか?」
「・・・ああ。ユーリは、あの人たちと暮らしてきたんだな」
 だからこんなに優しいんだ、とは口にしなかったけれど。
 ユーリは満足げに笑んで、白銀を撫でた。少しでも楽しめたなら、それでいい。
 ぽつりぽつりと会話を交わす内、ユーリがふと空を見上げる。つられるようにヴェイグも顔を上げて、小さく小さく、微笑んだ。
 山の端の朱色は、刻を告げる色。
「・・・ユーリ、もう、」
 まるで諦めたかのように微笑んだヴェイグを、ユーリが見つめる。その表情は対称的に、苦い色を浮かべていた。
 仕方がないと、わかってはいるけれど。この件に関しては、シュヴァーンでもどうにもならないのだ。
 下町暮らしの青年ができることといえば、攫うことくらいで。そんなこと、ヴェイグが望まないこともわかっている。
 だから自分ができることは、なにもない。
「・・・ユーリ」
「・・・ん?」
 名を呼ぶ声に、ユーリは我に返る。
 ヴェイグはユーリの不機嫌そうな顔に困ったような笑みを口元に刻み。
「また、連れて行ってもらえないか?」
 その言葉に瞬間呆気にとられたユーリが、やがて優しい笑みを浮かべる。
 紅に彩られた手を取って、その指先に唇を落とす。
「姫がお望みなら、いつだって」
 いつもの調子に戻ったユーリに、ヴェイグはこくりと頷いて。シュヴァーンに聞いてみる、なんて、大まじめに返した。
 待ってる、と返すと、ヴェイグは邸を振り返る。数少ない侍女がこちらに向かってくるのが見えて、小さく溜息をついた。
「じゃあな、ヴェイグ」
「・・・ああ。今日は、ありがとう」
 言って向けられた背が邸の中に消えるまで見送って、ユーリは小さく笑った。

下舂に落ちたさようなら

(けれど、またね)

  

  

ちょっとスランプ気味
ユーリさんよりヴェイグの方が大人になってしまった
レイヴンと書くかシュヴァーンと書くべきか迷いました。どっちでもいいと言えばどっちでもいいんだけど
ヴェイグはシュヴァーンが引き取った形ではあるけど、お仕事はもっと上からの命令で受けているということにしています
お仕事って舞姫のことで別に暗殺とかじゃないよ!(わかるよ)
どうしたらユリヴェイになるのか考えつつ無理矢理核心に迫ろうかと(笑)
110924

というのをようやく発見したので更新。文章が若干あれだけど直すだけの能力もなかったです←
131231