Eisblumelein:


「・・・ヴェイグを?」
 耳打ちされた言葉に、シュヴァーンはぴくりと片眉を上げた。
 いつかはあるかもしれないと考えていた提案。なければいいと思っていた話。
「本人に話を通してからでもよろしいですか」
 了承を得て、シュヴァーンはその場を離れる。ヴェイグが欲しいという、高官の希望に顔を歪めて。

  

 たまには外出してはどうだ、という親代わりの言葉に従って、ヴェイグは町に出ていた。
 もちろんシュヴァーンが一人で行かせるわけもなく、隣にはユーリが歩いている。いつの間にか当たり前のようになっている関係に、ヴェイグは微かに笑んだ。
 もうすぐ終わりだと、わかってはいるけれど。
「楽しい?」
「・・・ああ」
 ユーリも気づいているのだろう。いつもと少し、雰囲気が違う。
 賑わう市の中をゆっくり歩きながら、話の種を探す。話すのは得意ではないのだが、時間を無駄にしたくはなかった。
 不意に目にとまった露天に、ヴェイグは近づく。硝子の細工を並べた店だ。根付け、簪、帯締め。様々な色形の硝子が、太陽の光を反射してきらめいている。
「・・・」
「どうし・・・、もしかしてほしいのか?」
「あ、いや・・・」
 伸ばしていた指を慌てて引っこめる。思わず手を出したのは、控えめな装飾の簪だった。深い紫色の硝子を基調にしたもの。まるでユーリの瞳のようだと、手を引いてから思った。
 だから求めたのかもしれないそれをしばらく見つめてから、ヴェイグはユーリの着物の裾を引いた。
 行くか、という言葉に頷いて、ヴェイグは安心する。
 買ってもらうなんてこと、できるわけがない。
 それからのユーリはいつも通りで、甘味処に入ったり子どもと遊んだりと、賑やかな時間を過ごした。

 市を抜けた先に、小さな神社がある。最後にそこを訪れたいという希望を汲んで、二人は石の階段を登っていた。
 そこにぽたりと水滴が落ちる。あ、と思う間もなく、
「走るぞ」
 降り出した雨に驚いていると、隣から声がした。
 同時に腕を捕まれて、階段を駆け上がる。そのまま境内を駆け抜けて、屋根に入った。
 息の上がっているヴェイグの背をなだめるように叩いて、ユーリは髪をかき上げる。
「すっかり濡れちまったな」
 大丈夫か?という問いに、ヴェイグが頷くことで答える。
 恐らく夕立だとは思うが、雨はまだ止む気配はない。
 あまりにも長引くようならどこかで傘を調達するか、それともおっさんに連絡すっかな、なんて考えているユーリの横でヴェイグがぽつりと呟いた。
「・・・止まなければいい」
「ヴェイグ?」
 ぽたぽたと落ちる水滴を拭うこともせずに、ヴェイグは石畳を叩く雨を見ている。
 歪めることもしない横顔は、けれど今にも泣きそうに見えた。
「帰りたくない。もっと、一緒にいたい・・・っ」 
 帰ったらもう、あの話を受けなければならない。シュヴァーンに迷惑をかけるわけにはいかないから。
 そしてあの人の元を離れれば、今のようにユーリに会うことはできなくなる。
 仕方ないと思っていた。どうしようもないと思っていた。これが自分の運命なのだと。
 諦めようと思って、いたのに。
「・・・一緒に、いるか?」
 幻聴かと思うような都合のいい言葉に、ヴェイグは振り向く。
 ユーリはヴェイグをまっすぐに見つめ返して、もう一度繰り返した。
 俺は、お前と一緒にいたいと思ってる。おっさんとは違って金もねぇから、今まで通りには暮らせない。だから、苦労するかもしれない。
 でも、それでも。
「一緒に、いたい」
「・・・っ!」
 それでもいいのか。どうだ、なんて。
 聞くまでもなく、聞かれるまでもなかった。
 互いに腕を伸ばすのは同時。ヴェイグの腕を更に引いて、ユーリはヴェイグを抱きしめる。ヴェイグの腕もすぐにその背に回されて、力が入った。
 やがてヴェイグを解放すると、ユーリは溜息をつく。
「こんな風に言うつもりじゃなかったんだけどな」
 まさか先に言われるとは、と小さくぼやく。
 ヴェイグはゆっくりと目を瞬いて、ぱっと頬を染めた。
 勝手に口から出たとはいえ、けっこうな爆弾発言だった。
 にやりと悪戯な笑みを浮かべてヴェイグを見ていたユーリがふと顔を上げる。いつのまにか雨雲は通り過ぎ、夕暮れ時の空を覗かせている。
「・・・そろそろ、帰ろう」
「そうするか」
 おっさんにも言わなきゃいけないことがあるし、なんて続けるユーリを見ているのが恥ずかしくて、ヴェイグは先に軒下を抜け出す。
 その後ろ手を掴んで押しとどめ、ユーリは懐に手を差し入れた。取り出されたのは、見覚えのある簪。
 ヴェイグが目を奪われた、あの簪である。
「欲しかったんだろ?」
 ほら、とヴェイグを振り向かせ、髪に挿してやる。ヴェイグはしばらく困った顔をして、それから嬉しそうに目を細めた。
 一歩二歩、歩くたびにしゃら、と涼やかな音が鳴る。音を楽しむように数歩進んだヴェイグが、くるりと振り返る。
 ほしかったんだ、
「お前の、瞳の色だったから」
 ありがとう、と。
 ふわりと笑ったヴェイグの髪と、ユーリの瞳の色をした簪が、夕日に照らされてきらきらと光った。

  

「例のお話ですが、・・・お断りいたします」
 頭を垂れたまま、シュヴァーンははっきりと言った。
 なんだと、という声がして、今度は顔を上げる。
「あの子の人生はあの子のもの。決める権利などありますまい。私にも、貴方様にも」
 下ろされた髪の隙間から、鋭い視線が覗く。たじろいだ相手にそれ以上言葉を重ねることなく、シュヴァーンは背を向けた。

濡れ髪に差した簪ひとつ

(揺れる彩は、貴方の色)

  

当社比2倍の長さでお送りしました。前後編にしようと思ったんですが、切りどころが見つからなくて
今後の展開
1.ヴェイグはこのままシュヴァーンの邸で暮らす
2.ヴェイグが下町に移って一緒に暮らす
3.二人で旅に出る
4.お嬢さんを俺に下さいvsお前に娘は渡さん のバトル
個人的に見たいのは4です(笑)
1は通い婚になるのかな。いっそユーリさんがシュヴァーンのところで働きつつ住むみたいなのでもいい。書けないけどね!←
最後のシュヴァーンさんのは後日というよりは大体同時期と考えています
話はしといたけどぶっちゃけ渡す気はさらさらないお義父さん
とりあえず完結かな。結局舞ったの最初だけだったね!w
131218