花氷*


 沈黙が家の中に落ちる。
 焼きたてのはずのピーチパイからも、合わせて入れられた紅茶からも、とっくに湯気はなくなっていた。
 ユーリはそれを視界に入れながら、目の前の青年を見つめていた。
 彼はまだ、剣の柄を掴まない。迷っているのだろうか。
 怒りを持続するにはかなり大きな労力がいるのだ。怒りと隣り合わせの環境にいなければ、すぐにそれは小さくなってしまう。
 もしかしたらもう、相手にする気はなかったのかもしれない。
 だったら悪いことしたな、なんて思いながら、けれどユーリも引く気はなかった。
 この命はヴェイグにと、あのときから決めていたのだから。自分勝手な話だが、もらってくれなければ困る。
「・・・ユーリ、」
 ぽつりと名を呼んだヴェイグにユーリが目を瞬く。名前を告げた記憶はなかった。
 長髪の黒づくめの男。彼はその特徴を頼りに自分を追ってきたはずだ。
 ヴェイグはゆっくりと柄を握る。ようやく決めたか、と刃を支えていた指を放した。
 愛刀が首筋に押し当てられる。目を閉じてその時を待つ。
 けれどその時は、一向に訪れなかった。代わりに届いたのは、彼の小さな声。
「・・・して」
「ん?」
「どうして、抵抗しないんだ・・・」
 抵抗どころか、自分から殺されるような真似。
 目を開けると、ヴェイグの青い瞳とぶつかった。そこには怪訝ではなく、むしろ悲哀が込められているようで。
 予想に反して弱々しく揺れる瞳に、ユーリの方が不思議そうな顔をした。ヴェイグはぎゅっと眉を寄せて、柄から手を放す。
 支えを失った剣が肩にぶつかり、テーブルにぶつかったところでユーリが受け止めた。
 ヴェイグはそれを見ることもなく立ち上がり、ユーリに背を向ける。
「・・・帰ってくれ」
 もう、来るな。
 明らかな、けれど意図の読めない拒絶に、ユーリは呆然とその細い背を見つめることしかできなかった。

(どうして、)

  

  

前の続き。話が進まなかったです
どうやってオチをつけるのか考えられていないというがっかりな状況←
ユーリさんが実に自己中ですねwあとユーリさんに呆然とかそういう描写は違和感があるんだけど、それはわたしだけかもしれないので目を瞑って書きました
いっそ誰かに続きを任せたい←
120826