Eisblumelein:


 ある晴れた日。
 ユーリは珍しく依頼を受けることなく、部屋で暇を持て余していた。
 来ている依頼といえば採掘や採集、人探しばかりで、ユーリが得意とする魔物退治は一つもない。たまには部屋でゆっくりするのも悪くない、なんて思ってはみたものの、早々にやることがなくなってしまったのだ。
 仕方ない、外にでも出るか。
 ぶらぶらしていればなにか見つかるだろうと、のんびり過ごすという選択肢を捨て、ユーリはドアを開けた、と。
「―――っ!?」
「お、っと・・・大丈夫か?」
 開けた先で誰かにぶつかる。
 どん、という衝撃を片足を一歩引くことで受け流し、腕に飛び込んでくる形になった誰かを見やった。
 銀色の長い髪。身長はユーリよりもいくらか低いだろうか。体格からして、おそらく女。にしては背が高い気もするが・・・。
「・・・すまない、オレの不注意だ」
 見上げてきた瞳は澄んだ氷を思わせるアイスブルー。そして一人称は、オレ。
 ユーリは時間にして数秒薄青い瞳を見つめ、ふと思い当たった仮定に口を開きかけて、・・・廊下の向こうから聞こえてきた声に口を噤んだ。
 データ採取!などと叫んでいるのはハロルドだろう。その声が軽い足音とともに近づいてくる。
 びく、と身体を震わせるのを見て、なんとなく合点がいった。
「・・・ッ!?」
 肩を掴んで身体を離し、そのまま腕を引いて出たばかりの自室に放り込む。掴んだ腕は細く、その身体はやけに軽かった。
 後ろ手にドアを閉めたところに、天才科学者。きょろきょろと見回しながらユーリのそばを通り過ぎ、突然くるっと振り返る。
「ね、ヴェイグ知らない?採取する前に逃げられちゃったのよね」
 せっかく実験が成功したところだったのにっ!
 それなりに急いでいるのか早口で、大きな目がユーリを見上げる。
「悪いけど部屋から出てきたばっかでな」
 そう、じゃあね。
 答えからヴェイグの居場所は分からない。早々に会話を打ち切ったハロルドは、再びヴェイグ探しに旅立った。
 実験とかデータとか、あんまり聞きたい言葉じゃねぇな・・・。
 せめて魔物相手に頼むぜ、と消えた背中に呟いて、自室のドアを開く。
 広いともいえない部屋の中ほどに、彼・・・彼女は所在なげに立っていた。
「・・・ヴェイグ、だよな?」
「・・・・・・あぁ」
 少々の逡巡の後に尋ねれば、倍以上の沈黙と共に肯定された。
 つまり、彼女・・・彼女でいいのだろうか。ヴェイグは自他ともに認める天才科学者ハロルドの不思議実験によって性転換したのだと。
 今までのことを総合すればそういうことなのだろう。別に難しいことではない。
「そもそもなんでそんなことになったんだ?」
 ヴェイグは意外にお人好しだが、こういうことに引っかかるタイプではない。と、思っていたのだが。
「その、」
「?」
「・・・ピーチパイを、もらったんだ・・・・」
 ああ、なるほど、と。
 クールで無口で一見冷たくも見えるこの青年はその実案外素直な性格らしい。そしてそんな彼がピーチパイに目がないのは、この船では周知の事実。
 そんなわけで、贈り主がハロルドというのが怪しいと思いつつも目の前のピーチパイの誘惑に勝てずに受け取ってしまい、同じく誘惑に勝てずに食べてしまった結果がこれだと、そういうことか。
 ユーリは少々呆れた面持ちで溜息をついた。いくらなんでも、ちょっと警戒心が足りないのではないか。ヴェイグもその自覚があるのか、目をそらして額を押さえている。
「ま、なっちまったもんはしかたねぇな。いつ戻るとか・・・わかるわけないよな」
「すまん・・・」
「いや、謝らなくてもいいんだけど」
 大変なのはオレじゃなくておまえだし。
 本当に申し訳なさそうに謝ってくるから、やりづらい。そもそも首を突っ込んだのはオレだろうし、とユーリは思う。
 ややこしいことになりそうな予感はあったものの、部屋に引きずり込んだのはこっちなのだ。だからヴェイグが気に病むことではないはずだが。
 横目で見た青年は、途方に暮れた様子で変化した自分の身体を見下ろしていた。
「ヴェイグ」
「・・・?」
 呼びかけに反応して上がった顔。眉尻が下がって、不安げに瞳が揺れている。
 それでも用件を尋ねようと見上げてくる青に、思わず手が伸びた。くしゃ、と銀髪をかき混ぜてユーリは笑みを浮かべる。
 呆気にとられたヴェイグが、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。それに我に返る。
「や、悪い、つい・・・」
 いや、大丈夫だ、なんて返してくるヴェイグに、かわいかったからとは言えなかった。
 今は女だがそれは不測の事態であって元々は男なわけだし、それならかわいいは褒め言葉ではない。大体そう思ってしまったこと自体に驚いいる自分がいて。
 少々丸みを帯びて大きくなって見える氷色の瞳から目をそらした。どうも悪いことをしている気分になる。
 ユーリはややわざとらしいとも言える咳を一つ。
「とりあえず、しばらくはこの船から出た方がいいな」
 あんまりほかのヤツにバレたかねぇだろ?
 ここにいれば自然と人に会う機会は増えるし、そうして会う誰もが親しいかは別にしても顔見知りである。しかも元来どうやらお人好しが多いようで、一人にバレれば瞬く間に船全体の話題になるだろう。全員が全員そうというわけではないが、警戒するに越したことはない。
 こくり、頷いたヴェイグによし、と小さく呟く。
「依頼探してくる。何日か外に滞在して怪しまれないようなのがあればいいんだけどな」
「・・・おまえも一緒に来るのか?」
 不思議そうな色を浮かべたヴェイグが小さく首を傾げる。  まさかそうくるとは思っていなかった。たまたま偶然、しかも助けてもらって、相談に乗ってもらって、これ以上迷惑はかけられない。
 ヴェイグの目がそう告げていた。
 確かに元々そこまで親しい間柄でもないヤツにそこまでするほどユーリはお人好しではないが。
 今のヴェイグを一人にすればどうなるかわからない。それに、力を貸してやりたい、放っておけないと思うのもまた事実。
「ま、乗りかかった船ってヤツだな。一人じゃいろいろと不便だろうし、協力するぜ」
「すまない、・・・ありがとう」
 申し訳なさそうに謝って、それから礼を言ったヴェイグに笑って、ユーリはその細い肩を叩いた。

はじまりはピーチパイ

(まるで初対面)

  

加筆修正しつつあとがき書きつつ。まさかの女体
なにを思って書き始めたのかいまいち覚えていないのですが、たしかなれそめを書こうとしていたはず
ユーリさんの口調が未だにわからない。二人称っておまえ?あんた?
どっちもあった気がするんだけど、ヴェイグにあんたって言ってほしくないかなと
その関係で呼びかけは全部カット!←
111006