Eisblumelein:


 港に船が停泊してしばし。
 同じく降りる仲間の姿が見えなくなったのを見計らい、二人は船を降りた。
 ざわざわと人の多い港の中では、早々正体がばれることはないだろう。それでも知り合いを避けるために素早く辺りを見渡したユーリが頷く。
 後ろのヴェイグはぱちぱちと目を瞬かせていた。
「どうした?」
「いや・・・人が多いなと思って」
 田舎というのも厚かましいほど人の少ない村から生まれてこの方出たことがないヴェイグにとって、これほどの数の人を見るのは初めてだった。
 騒がしいし、通りがごった返している。時折肩がぶつかって謝る声がそこかしこから上がっていた。
 人に揉まれる中ユーリの黒い背を追いかける。慣れているのかぶつかりそうでぶつからない絶妙な隙間を縫って歩いていた。
 必死で追いかけるものの、少しずつ距離が開いていく。服のサイズが合わない分、いつもより歩きづらかった。
「ユーリ・・・!」
 それなりに大きな声を出したつもりだが、ほとんど周囲の喧噪にかき消されてしまう。
 しかし奇跡的に届いたのかたまたまか、ユーリがヴェイグの方に視線を投げた。動きが止まる。
 人の波に流されるように、ヴェイグはユーリとの距離を詰めた。ユーリの元にようやくたどり着いて、ヴェイグは息を吐く。
 慣れてないのか、という問いに頷くとユーリは小さく苦笑して、ヴェイグの手を取った。繋がっていないと気づいたらいなくなっていそうだ(むしろその一歩手前だった)。
 困ったようにヴェイグがユーリの名を呼んだけれど、気づかないフリをして先に進む。
 港を抜けると、人波もだいぶ穏やかになった。けれど手は離れない。
 どこに行くのだろうと半ば人酔いで混乱している頭で考えているヴェイグを後目に、ある店にたどり着く。
「いらっしゃいませ」
「こいつに服を見繕ってやってくれ」
 ヴェイグの手を引き、ユーリはどう見ても女物の店に躊躇いもなく入った。出てきた店員に向けてヴェイグの背を押し、それだけ言う。
 店員は笑顔で了承すると、ヴェイグを試着室へと半ば無理矢理連れていった。ヴェイグにしてみれば目を白黒させるような出来事である。
 色も形も様々な洋服を着せられ、一式身につける度にカーテンが開けられユーリに確認。ユーリの注文に合わせてまた候補の服が増えていく。
 どんな系統が好みか聞かれたとき、連れに任せると言ったのは失敗だったかもしれないとヴェイグは思う。とはいえ自分の好み以前に女物の服のことなど何一つわからないのだが。
 ・・・そういえば、彼はどうしてここまで詳しいのだろう。
「こちらはどうです?」
「そうだな・・・そのくらいが妥当か」
 そのくらいってどのくらいだろうかなどとぼんやり考えているうちに、どうやら服が決まったらしい。
 なかなか似合うなとユーリに言われ、どう返すべきか迷って無言を返す。ユーリは苦笑らしきものを浮かべてそれに答えた。
「会計してくるから、ちょっと待ってな」
 この服はこうだとか少し負けてくれとか、慣れた様子で店員と言葉を交わしている。ぼんやりそれを見つめながら、ヴェイグは考えていた。
 女物の店にこんなに慣れているのは、何度も来たことがあるからなのだろうか。
 彼ほどの男なら、女性の知り合いはたくさんいそうだし、おかしいことではない。ないのだろうと思いながら、どこかに違和感。
 やがて戻ってきたユーリは少々機嫌が良さそうで、おそらく値切ってきたのだろうと頭の隅で思った。
「・・・どうして、」
 そんなに慣れてるんだ?と思わず尋ねそうになって、ヴェイグは口をつぐむ。
 けれどそこに潜む問いに気づいたらしいユーリがヴェイグを見やった。
「ま、エステルに付き合って結構行ったからな」
 あいつ入りたがるくせに世間知らずだから、ふっかけられても気づかねえんだよ。だから必然的にオレが慣れなきゃいけなくなったってわけだ、とユーリはこともなげに答えた。
 頷くことでそれに返しながら、ヴェイグはふと眉を寄せる。
 違和感が大きくなっている。そしてその答えは、唐突に見つかった。
「・・・そうか」
「どうした?」
 ヴェイグが頷いた。
 彼の隣には、彼女がいるのだ。
 ピンクの髪の、穏やかな物腰の少女。どこか幼なじみにも似た、美しい女性。
 そもそもエステルに依頼を受けて、彼女の保護のためにユーリはあの船に乗り込んだのではなかったか。それなら、自分に構っている暇はない。
 思い至ると、行動は早かった。
「ユーリ」
「ん?」
「お前は、帰った方がいい」
 そいて彼女についているべきだ、と。
 そこまでは言わなかったがユーリのことだ、なにを意味しているのかくらい理解できるだろう。
 ヴェイグはそれだけ言うと、裾を翻して駆けだした。
「、おい!・・・なんだってんだよ」
 突然走り去ったヴェイグを呆然と見つめ、ユーリはごちる。なにか変なことを言った覚えはないし、戻りたいと言った覚えもない。
 白銀の髪を靡かせてヴェイグが消えていた方向を見つめる。
 気になったのは自分から逃げるように消えたことではなく、その目が揺れていたことだった。前者が全く気にならないかと言えばそれは嘘になるのだが。
「・・・くそ」
 なんでこうなる、と続けて、ユーリは走り出した。
 今ヴェイグは女なのだ。元々一人でいるのを好むとしても、男でいるときとは訳が違う。
 女になったヴェイグは――ユーリが言うのもなんだが――ふつうの女性とは一線を画す美人だった。男の時から綺麗な顔立ちをしてはいたが、線が細くなって儚さが増し、周囲の目を引くようになった。
 船を下りてから何度声をかけられそうになったことか。そのたびに視線で追い払うのも一苦労で。
 今の状態ではさらにそれが助長されることになってしまう。調子に乗って服を選んだ所為もあるかもしれないが。
 ある意味自業自得ともいえる行動に、ユーリは自嘲の溜息をついた。

見慣れない光景

(人混みと洋服と)

  

文章が思いの外ぐだっとしてしまいました
そしていきなりシリアス展開になだれ込んでいるようです←
先が見えない・・・
111120