Eisblumelein:


 次の日、日が昇った頃、ユーリは目を覚ました。
 正確に言えば目を覚ましたのではない。目を開けた、という方が正しいだろうか。
 眠れなかったような、反対によく眠れたような、不思議な感覚。
「なんだかなぁ・・・」
 ヴェイグが隣にいないのを疑問に思いつつ、いないからと声を出す。
 あれからそのまま力つきるように眠ってしまった。今は女であるヴェイグと勢いで同室にしてしまって時間を持て余したというのもある。
 別に女がどうというほど初心ではないが、仲間となればそれはまた別の話で。しかも元は男だというのだからどう接するべきかと悩むのだ。
 女として扱えばプライドを傷つける。男として扱おうにも、けれど身体は女で。
「・・・起きたのか」
 きい、という蝶番の悲鳴に身体を起こせば、部屋の入り口にヴェイグが佇んでいた。
 ごちゃごちゃと考えていた頭を強制的に終了させて、ユーリは相づちを打つ。
 安い部屋のおかげで座りづらい椅子を避け、ヴェイグは隣のベッドへ腰掛ける。
 カップを示して、小さく首を傾げた。いるか?という問いとともにベッドサイドにカップが置かれる。
「下でもらってきた」
「そっか。サンキュ」
 簡潔な言葉に礼を言って、ユーリは湯気の立つコーヒーに口をつけた。
 それを見てからヴェイグもカップを傾け、外を見やった。
 カーテンの隙間から朝日が射している。ほんとに一日経ったんだな、なんて思いながらユーリは一つ伸びをして。
「とりあえず、どうするかだな」
 戻る保障があるわけではないから、戻るまでここにいるというわけにもいかない。
 だからといって船に戻ればこの妙な状況を船の全員に知られることになる。それがまずいからとわざわざクエストを探して出てきたのに、戻っては意味がない。
「原因はわかっちゃいるんだけどな」
 ユーリの言葉を待っていたヴェイグが、黙って小さく目をそらした。
 思わず苦笑して、桃色の髪を思い浮かべる。
 希代の科学者、ハロルド・ベルセリオス。彼女がなぜ性転換など思いついて、あえて彼に試したのか。それは謎だが、ピーチパイという形にした以上ヴェイグを標的にしていたことは間違いない。
 どう考えても警戒すべき相手からもらってしまうヴェイグもヴェイグだが。
「・・・すまない」
「いや、別に謝ってもらわなくてもいいけど」
 という会話をつい最近もしたような気がするな。・・・そうだな。
 ふと緩んだ表情に目を奪われた。
 線が細くなったせいか、目も大きいし睫も長く見える。
 だからそのせいだと言い訳をして、ユーリは咳払いを一つ。
「じゃ、とりあえずオレはハロルドのとこに行ってくる」
 薬のこととか治す方法とか、聞く必要があるからな。
 問題はその間どうしてもらうか、なのだが。できればヴェイグにはこの部屋にいてもらいたい。昨日みたいなことがあっては困る。ヴェイグはそんな目に遭うとは思っていないのだろうが。
 っつーわけで部屋にいてもらっていいか?と尋ねてくるユーリにヴェイグはむ、と眉を寄せた。
「・・・ここに、一人でか?」
「まあ、そうなるな」
 ユーリ自身は出かけるわけだし、ほかに仲間を連れてきたわけではない。
 宿にはなにか暇を潰せるものがあるわけでもなく、ヴェイグの剣を持ってきたわけでもないから剣の手入れやら読書やらができる状況にない。一人でいるのが嫌なわけではないが、普段していることがなにもできないとなると。
 ヴェイグは少々考えて、
「外に出るのは、」
「無理」
「なぜだ」
「言ったろ、一人でふらふらしたら危ねえって」
 珍しく饒舌になっているヴェイグが、ユーリの言葉にさらに眉間にしわを寄せる。
 自分の身が守れないほどには弱くなっていないつもりだ。それにエステルやカノンノたちだって、自ら剣を握って戦っているのに。
 そんなことを考えるヴェイグには、おそらく昨日の出来事は頭から抜け落ちているのだろう。
 ユーリは小さく溜息をつく。
 別にユーリだってヴェイグが弱いと思っているわけではないのだ。ないのだが。
「あの村から出たことないんだろ、お前」
「・・・あぁ」
 だったら余計危ねえじゃねえか。いろんな意味で。
 この町に来たことがあるとか、それでなくとも大きな町を訪れたことがある、のならまだしも、だ。
 港で人波に翻弄されていた姿を思い出す。ほとんど外部から閉ざされた小さな村から出たことがないのでは、危険にもほどがある。
 だから素直に部屋にいてくれ、と見やったユーリが言葉に詰まった。
 目は口ほどにものを言う、とはよく言ったもので。
 じ、とこちらを見てくるヴェイグに。
「・・・わあったよ、しょうがねえ。ただし一人で行くなよ。知り合いを呼ぶから、そいつに案内してもらえ」
 それまでは出るなよ、絶対だ。
 頷いたヴェイグは、けれどどこか不満げ。いいから出るな、と念を押して、ユーリは宿を後にした。
 目指すのはバンエルティア号。しかしその前に、寄るところがあった。

目は口ほどにものを言う

(先に折れたのは、ユーリ)

  

前半迷った感がすごいですね
三人称なのに間間で視点が変わって読みにくいことこの上ない←
知り合いは予想通りだと思います。なんとなく出したかったので(笑)
111203