Eisblumelein:


「あれ、ユーリ?クエスト中だったんじゃ・・・」
「ま、ちょっといろいろあってな」
 甲板で問いかけてくるカノンノに適当に返し、ユーリは足早に研究室に向かった。
 ドアを開けた先で桃色の頭を見つける。振り返ったハロルドが、あっ!と声を上げて近づいてきた。
「アンタでしょ、ヴェイグ連れていったの」
 どうしてくれるのよ、いいデータ採れそうだったのに!
 大きな目を不満げに輝かせてくるハロルドに思わず溜息をついて。けれどわかっているなら話は早い。
「あれ、なんなんだ?」
 頭のいい彼女のこと、これだけでもわかってくれるだろう。
 データを取り損ねたことにご立腹だったハロルドは、けれど研究について尋ねたのは好印象だったらしい。機嫌を直して、書類の束を取り出した。
 まあ読んでわかるのはジェイドとリフィルくらいだろうから、読まなくてもいいんだけどね、と前置きしてユーリに手渡す。
 ぺらぺらとめくってはみたものの、確かに読んですぐ頭に入るようなものではないようだ。
 元々勉強しているわけでもなし、すぐに書類から目を離す。
 最低必要なのは理論ではなく現実の解決策であって、詳細を知りたいとは思わない。
「まあすごーく簡単にいうと、一時的に体内の男性と女性を決めるマナを変化させたのよ」
 そんなことできるのかよ、というつっこみはやめておいた。現実に女になったヴェイグがいる以上、できるのだろう。
 つくづく恐ろしいなと思いつつ、ユーリは加えて尋ねる。
 なんでヴェイグを選んだのか。反応的におもしろいのもいただろうし(おもしろさで選んではいないだろうが)、データも採りやすい人材がいたはずだ。
 大体ハロルドの言うとおり「マナを変化させる」実験なら、女を男にすることも可能だろう。
 それならそっちの方がデータを採るのには困らないはず。
「そろそろくるから、待っててよ」
 ユーリの手の中の書類を再び机の上に戻しつつ、ハロルドは告げる。
 誰がだ、と問う間もなく、研究室のドアが派手な音とともに開いた。飛び込んできたのは、赤い少年。
「あっ!ユーリ!」
「マオじゃねえか。どうしたんだ?」
 ずんずんユーリに近づき、見上げてくる少年は怒り心頭といった様子で。少年特有の高い声が言う。
 大きな瞳が非難するようにじいっとユーリを見つめた。
「ボクとおーっても怒ってるんだからネ!」
 ヴェイグをどこに連れてっちゃったのっ?
 なんで怒りの矛先が自分に向いているのかわからなかったユーリは、その言葉に唐突にいろいろと理解した。
 一応、とハロルドを振り返って見れば、ま、そういうこと、と肩を竦められる。
 つまりは、
「お前が頼んだのか」
「うん」
 神妙に、けれどなぜか得意げに頷いたマオの額にデコピンを一つ。いったい!
 と涙目でうずくまる少年を放置して、ハロルドへと向き直る。聞くべきことはそんなことではない。
「薬の効果はいつまでなんだ?」
「そうねえ、本人の薬とかマナへの耐性にもよるけど、まぁせいぜい三日から五日ってとこかしら」
 データ採れそうないわね。
 残念そうに言うハロルドに別の奴に頼め、と言い残して、ユーリは研究室を後にする。
 甲板まで来たところで、ついてきたらしいマオが腕に飛びついてきた。意地でも離さないといった様子である。
 ぐい、と腕を引き、ユーリを見上げて。
「ヴェイグのところに行くんだよネ?ボクも連れてって!」
「・・・わかった。ヴェイグにも説明する必要があるしな」
 やった!
 ぴょんと跳ねたマオが今度は前に立ってユーリを引っ張る。
 早く行きたくて仕方がないらしい。
 怒られるとかそういうことは考えていないのだろうか。とはいえヴェイグが宿屋にいるかといえば、たぶん否。
 外に出たがっていたし(というか一人で宿にいたくなかったのかもしれない)、ユーリも断りきれずに妥協してしまったし。あんな目でじっと見つめてこられれば、誰だって断れない、はずだ。
 思わずやや大きくなった青い瞳を思い出して、ユーリは脳裏に浮かんだ映像を外に押しやった。
「どしたの?」
「いや・・・なんでもない」
 空いている方の手で赤い髪をぐしゃぐしゃと乱す。下から抗議されたけれど、聞こえないフリをしておいた。
 それから宿屋に戻って、ヴェイグの不在にマオが騒ぎだすのはもう少し先。

元凶発覚

(そういえばなんでユーリなの?)
(だから成り行きだって)
(ふーん・・・)

  

本筋と関係あるような、ないような
とりあえず原因はマオでしたというお話です←
理由も考えてはいるんですが、ものすごくとんでも設定になりそうで悩んでたりする
111211