一方残された部屋で。
やけに強い調子で止められたな、などと考えて、ヴェイグは小さく首を傾げる。
ずいぶん世話好きというか、過保護なのだと思った。ふわりと温かいなにかがよぎったけれど、外の感じ慣れない気配に霧散する。
コンコン、という軽いノックの後、ゆっくりと扉が開く。完全に開け放つ前に失礼、という声がかかった。
それから覗く金髪。
「君がヴェイグかい?」
「・・・ああ」
「初めまして、僕はフレン。ユーリに頼まれてきたんだけど、」
甲冑を身につけた青年が静かに部屋に足を踏み入れる。
ヴェイグの数歩手前で止まって口を開いた。礼儀正しい挨拶に、本当にユーリの知り合いなのかと思ってしまった。
それからそれではユーリに失礼だと思い直す。ヴェイグは立ち上がり、
「すまない、面倒をかけたみたいだな」
「いや、構わないよ。さ、行こうか」
フレンがヴェイグに手を差し出す。躊躇している間に、ふわりと柔らかな笑顔を浮かべてその手を取った。
町を案内するから、と。
ヴェイグは小さく頷いて、フレンの後に続いた。
フレンに手を引かれて市場を歩く。
離してくれと進言したが、人が多いからという理由で却下された。
人の多い通りがどれだけ危険かを切々と語られれば、もう離せとは言えなかった。ユーリは特に理由は言わなかったが、同じように考えていたのだろうか。
騎士をしているのだという彼はどうやらこの町の人気の的らしい。こんなにたくさんの人の中で、時折声をかけられたり手を振られたりしていた。
それにいちいち笑顔で対応するのはすごいと、ヴェイグは素直に感心する。
自分ではこうはいかない。だいたい頷くか一言二言で会話を終えてしまうから。
「ユーリも騎士だったんだよ」
「、そうなのか?」
それなら彼も今のフレンのように人気なのだろうか。
フレンとはタイプが違うけれど、同じように優しいユーリ。思ってすぐ、再びの違和感。
細い眉を寄せるヴェイグを、フレンが心配そうにのぞき込んだ。
「どうかしたかい?」
「いや・・・大丈夫だ」
それならいいんだけど、とフレンは言って、それからまた歩き始めた。
威勢のいい店員と世間話をする客の間をゆっくりと歩く。村からほとんど出たことのないヴェイグにとって、新しいものばかりだった。
その話をしておいたからなのか、フレンは嫌な顔一つせずに案内してくれる。
いろいろ説明してくれるフレンの言葉に頷きを返しながら、ふとそんなに大きくもない露店が目に留まった。
装飾品を売っているのだろうか。ふいに幼なじみの顔が浮かんで、ヴェイグは立ち止まる。
「髪飾りだね」
手にとってしげしげと眺めているヴェイグを後ろからのぞき込むようにして、フレンは一つを手に取る。
細やかな細工の施されている髪飾り。なにを思ったか、フレンはそれをひょいとヴェイグにあてた。
「よく似合うね」
「・・・ユーリから、聞いていないのか?」
きょとん、とヴェイグを見つめてくるフレンに、一瞬考えて。
ユーリの知り合いならば、そして彼ならば、大丈夫かもしれない。
思って、自分が元は男であること、ちょっとした事故(あれは事故なのだ、そうだと思うしか、)で今は一時的に女の姿をしていることを話した。
戻る保証があるわけではないが、たぶん大丈夫だろうと、思う。
男が女になるなど通常ありえないことで。
驚いたらしいフレンは目を瞬かせていたが、信じてもらえたのだろうか。フレンはそれからすぐに微笑んで。
「でも、似合うからいいんじゃないかな」
「・・・そう、か」
・・・・たぶん、信じてもらえた、か?
一抹の不安を感じつつ、ヴェイグはフレンを見つめる。
なんとも返しづらい笑顔に押し切られて、結局髪飾りは二つヴェイグの手の中に収まった。
一つはそれから話した幼なじみのもの。自分で払うからと言ったけれど、もう一つはプレゼントだからと贈られてしまった。
そしてそれからすぐ、髪飾りはヴェイグの髪に飾られることになる。
「さ、そろそろ戻ろう。ユーリが待ちくたびれてるかもしれない」
気づけば夕焼けが辺りを赤く染めていて、通りの人影も少なくなってきていた。
ふわりと片手を包まれて、思わずフレンを見やる。けれどその視線も笑顔に黙殺されて、まあいいかと思ってしまった。
もうユーリは宿に帰ってきているだろうか。少しでもいい知らせがあるといいんだが。
フレンとともに宿に向けて歩きながら、ヴェイグは黒髪を思い浮かべた。
(・・・男でも女でも関係ないのか?)
まさかのフレンさんとデート
ユーリさんが頼るのはフレンくらいじゃないかと
フレンは天然たらしだと思っています←
111219