Eisblumelein:


 次の日。
 わりと朝早くにフレンに追い出されて、ユーリは控えめに宿の部屋の戸を叩いた。
 ヴェイグのことだ、まだ寝ているとは思えないが、やはり少々気まずい。
 やがて向こう側から、開いている、という返事が返った。ユーリはゆっくりとノブを回して戸を開ける。窓のそばに佇む、ヴェイグの姿が見えた。
「よぉ、気分は・・・って、戻った、みたいだな?」
「あぁ・・・」
 ユーリのかけた声が、途中で途切れる。それから続けた問いに、ヴェイグが頷いた。
 いつもの服を着ている。黒と青の軽装。着ていた服は、ベッドの上に丁寧に置かれていた。背も伸びていて、応える声も低い。たまに船で見かけていた、見慣れた外見。
 いつもと同じ・・・前と同じ、ヴェイグ。それでも変わることのなかった、この感情と。幼なじみに理解させられたことが、確信に変わった。
 ユーリはヴェイグを見つめて思考を巡らせる。ぐるぐると考えた結果口から出たのは、なんとも味気ないものだった。
「よかったな。これで帰れるじゃねえか」
「・・・あぁ」
 僅かに瞳を陰らせたヴェイグが返す。それに気づかないフリをして、ユーリはベッドに腰掛けた。
 親友に言われていた。しばらく距離を置くのはどうかと。
 ユーリには見極める時間が要る。ヴェイグには考えをまとめる時間が要る。二人ともに時間が必要である。だから関係の改善も変革も、もう少し後の方がいいのではないかと。
 ユーリもそれが必要だと思った。見極めの時間はもういらなくなってしまったけれど。
 だからいつも通りに、前の通りに。前ならきっと、彼の微妙な変化には気づかなかった。無表情を通す青年だと思っていた。
 今なら手に取るように、彼が感情を揺らしているのがわかるのに。
 こんなに顕著なのに、手を伸ばしていけない。声をかけてはいけない。前に戻るのなら、それが必要なのだ。
「どうする、すぐに帰るか?」
 たぶんマオ辺りが来るはずだから、それまで待てばすぐに帰れると思うぜ。
 マオは今日辺り戻れるだろうという予想を知っている。昼前には宿を訪れるはずだ。出かけるも帰るもその後になるが、ヴェイグの好きなように。
 続けたユーリにヴェイグは少々考え込んで。
「・・・帰ろう」
 ぽつりと呟いた。

 

 

「ただいまー!」
 マオの元気な声に、視線が集まる。
 船をしばらく空けていたユーリとヴェイグを見つけたみんなが、口々に声をかけてきた。それに返しながらホールを進み、船長の元で依頼の品を納品する。
 面倒な依頼をこなせてご満悦らしい船長と別れたところで、廊下から少女が現れた。
「クレア」
「あら、ヴェイグ。お帰りなさい」
 クレアはふんわりと微笑む。
 目に見えて雰囲気を和らげたヴェイグに気づかれないように、ユーリは苦笑を見せた。
 帰ってから、正確には今朝宿を訪れてから一向に堅い表情を崩さなかったヴェイグ。それが一人の少女と言葉を交わすだけで、こんなにも柔らかく笑う。
 嫉妬じみたものを感じる自分が嫌だ。積み上げてきた時間も、築き上げられた信頼も、段違いであることは理解できているのに。
 そんなことを思っているユーリに、翠の瞳が向いた。
 ユーリさん、と少女の高い声が呼びかけて、ぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました」
 ヴェイグと一緒にいるのは大変だったでしょう?と。
 慣れてしまえば平気なのだけれど、人見知りが激しいから。
 母か姉かのように話すクレアにユーリは思わず笑う。隣でヴェイグが咎めるように名を呼んだ。
 ユーリは笑みを浮かべたままで否定を示す。
「楽しかったぜ」
「・・・ユー、リ」
 自分よりも僅かに高くなったヴェイグの頭を撫でる。
 身長もやっぱり縮んでいたんだななんてどうでもいいことを考えながら、ユーリは戸惑っているらしいヴェイグから手を離した。
 また機会があればよろしく頼む。それだけ言って、次にクレアに向き直る。
「今度あんたのピーチパイ食わせてくれよ」
「ええ、ぜひ」
 きょとん、と目を瞬かせたクレアがヴェイグを見やり。
 すぐに気づいたらしく快く頷いた。ユーリもそれに笑みを返す。
 甘いものは好きだ。だからこんな状況になってもならなくても、クレアのピーチパイには興味があった。
 それは言い訳にも似た思いだったけれど、興味があったことは本当だ。ヴェイグから目をそらして、クレアに集中して。
 そのせいで、痛みを堪えるような表情を浮かべていた彼には気づかなかった。

帰還

(彼女は、きっと気づいている)
(・・・これで、おしまい?)

  

なんとも心苦しい感じの終わりですが、とりあえずこれで本筋は終わり、にしたい
続編じゃないけど、くっつくまでは書く予定です
マオがちょろっと出てどこかに消えましたが、・・・まあいいか←
ユーリさんが残念な人に見える気がするけど、それはきっと気のせい!(ひどい)
いつも通りふだん通りを意識しすぎておかしく感じるみたいな。よくわかんないですねすいません
クレアはちょっとお姉さん気質だといいなと思ってます。ヴェイグに対しては特に
ヴェイグの人見知りは一緒にいるうちに慣れるんだけど、そこまでいく前に本人の無口加減に耐えきれないと思う
そういう意味で一人でしゃべって満足できるティトレイはいい人選だったんじゃないかとw
101214
111012 加筆修正
120716 再修正