いつも通りの日常。
ディセンダーに同行したり、他の依頼を受けたり、クレアの手伝いをしたり。
まるであの日々の方が夢だったのではないかと思うほどに前と同じだった。
ユーリも同じ。黒ずくめの、エステリーゼを護衛しているはずが誘拐罪をかけられた青年。剣の腕はたしかなんて言葉では足りないほどにすごいらしい。それから甘いものが好きだ。珍しく隠そうともしていない。変な意地をはったりしない、大人。
それが、ユーリ。
町の買い物に慣れていることも、なにかあると放っておけない気質なことも、すごく優しいことも、知らなかった。
だから知っていてはいけないのだ。いつも通りの日常を送るなら、そんなユーリは、知らないのだから。
だから、なるべくユーリとは関わらないようにしていた。
依頼のメンバーにユーリがいればその依頼には参加しなかったし、食堂に入るのを見かければ部屋に戻って時間をずらした。たまにばったり会ってしまったときも、必要最低限の会話を交わすだけ。
そんな不自然なことをしていても誰も気にしなかった。それだけ今までユーリとは接点がなかったのだと、それが普通だったのだと思い知らされる。
加えて、ユーリは驚くほど変わらなかった。すれ違ったときによお、と手を挙げる。それ以上の言葉を交わす素振りもなく、それなのに笑みまで浮かべる。
同じギルドに所属しているだけ。ただそれだけの他人という関係なのだと、突きつけられているようで。
「ヴェイグ?どうしたの?」
「・・・いや。大丈夫だ」
気づいたら、目の前にクレアがいた。大きな瞳が心配そうにこちらを見ている。数回瞬きして、ヴェイグは答える。
それならいいんだけど。
小さく微笑んでやると、クレアはそう言って手にしていたピーチパイを置いた。
そういえば待っていたのだったか。それすら思考の隅に追いやられていたことに思い至って、ヴェイグは小さく溜息をつく。
それからクレアがまだいることに気づいて、なんでもないともう一度念を押した。と。
「お、ピーチパイ」
突然食堂の入り口から声がして、ヴェイグは柄にもなく肩を跳ね上げた。
その声は聞きたくて、けれど聞きたくなかった声。ヴェイグの様子に気づいたのか気づいていないのか、中へと進んだ彼は少女へと声をかけた。
「オレにも食わせてくれよ」
「ごめんなさい、これはヴェイグのために作ったものだから」
ふわりと笑みを浮かべてクレアは断る。
ユーリが甘いものに目がないのも、ピーチパイに興味があるのも知っている。食べさせてくれと、少し前に言われたことも覚えている。タイミングが悪くてまだその約束は果たせていないから、ユーリにしてみればちょうどよかったのかもしれないけれど。
このピーチパイは最近どこか不安定なヴェイグを元気づけるためのもの。特別な作り方をしているわけではないけれど、ヴェイグのために作ったものは自分の一存で他の人にはあげられない。
ユーリはそんなクレアにそりゃ残念だ、と返して、ふとヴェイグを見やった。
表情が固いままのヴェイグが、ユーリの視線を受け止める。なにを言われるのか、想像できない。
数回ヴェイグとピーチパイを行き来した黒灰がヴェイグの青を見つめて。
「一口くれる?」
「・・・っ!」
に、と笑って言ったユーリに鼓動が跳ねて、ヴェイグは勢いよく立ち上がった。
がたん、と椅子が鳴って、ぎりぎり倒れることなく体勢を立て直す。突然の音に驚いて目を見開いたクレアに内心すまない、と謝るが、言葉をかける余裕はなかった。
やはり少々驚いているらしいユーリをちらりと見やって、けれど向き直るだけの勇気はなくて。
横をすり抜けざまに、呟いた。
「・・・全部食べてくれて、かまわない」
「おい・・・!」
ユーリがなぜか焦ったように声をかけたけれど、なにも言わずに食堂を出た。
(なにを考えているのか、わからない)
すれ違ってるんじゃなくて自分ですれ違いを生んでるんですが
たしかにこのユーリさんはなにを考えているのかわからない←
120802