Eisblumelein:


 あれから数日。ユーリの姿を一度も見ていなかった。
 きっとあの時に完全に愛想をつかせてしまったのだと、思う。顔を見るのも嫌になったのだと。これではせっかくクレアに助言をもらっても、どうしようもない。
 部屋の前で待ち伏せするとか、そんな勇気はヴェイグにはない。偶然同じ依頼を受けるか、誰かに誘われるのを待つくらいしか。けれどそうした類のことをすげなく断ってきたのは元々ヴェイグの方だ。
 ユーリにその気があったかと言えば、たぶんそれは違うけれど。
 だからもう、ユーリの気が変わるのを待つしかないのだろう。
「ヴェイグ?」
「・・・フレン、?」
 振り返ると、そこには金髪。
 どうしてここに、という意味を込めて名を呼べば、フレンは微笑みを見せた。
 よかった。やっぱりヴェイグだったね。
 そう続けられて気づく。そういえばフレンに会ったのは薬の効果があるときで、男に戻ってから会うのは初めてだ。
「少し、話をしてもいいかな」
「・・・ああ」
 用事があって来たのだと思ったが、それを問うのはやめておいた。聞きたくて聞きたくない名前を耳にしそうで、やぶ蛇になりそうだったから。
 了承したヴェイグにフレンはありがとう、と返して、甲板へ向かう。夕方の甲板は心地よい風が吹き抜ける。食事の手伝いに行ったのだろうか、カノンノの姿はなかった。
 騎士団の鎧をつけていない軽装のフレンが大きく伸びをする。それをなんとはなしに見ているヴェイグに、質問は突然だった。 「・・・あれから、ユーリはどうだい?」
「っ?」
 核心に触れる問いに、ヴェイグは息を飲んだ。
 フレンはそんなヴェイグを見て、苦笑混じりの溜息をつく。対象はおそらく、ここにはいない彼の幼なじみ。
「・・・その様子だと、なにも話してないみたいだね」
「・・・話す・・・?」
「肝心なところで足踏みするから、こういうことになるんだろうに」
 呟いたヴェイグには気づいていないのか、フレンはぶつぶつと続けた。おそらく今は不甲斐ない幼なじみのことで頭がいっぱいなのだろう。
 呆れたな、と続けてから、フレンははっと我に返った。ヴェイグが不思議そうな顔でフレンを見ている。
「ああ、すまない、気にしないでくれ。身体の方は大丈夫かい?」
「・・・ああ。戻ってからは特に変わったことはない」
 なんだかんだでユーリのことは懸案で、個人的な繋がりも深い分考えてしまう。
 それをここで出してしまうのは、おそらくヴェイグも不信に思うだろう。だから気をつけようと思っていたのだけど、早速崩れてしまったようだ。
 フレンは内心もう一度溜息をついて、ヴェイグに尋ねる。気になっていたことを聞いたにすぎないのだが、これでは取り繕ったように聞こえたかもしれない。
 納得いかない表情をしているヴェイグが口を開いた。
「・・・その質問のために、オレを呼んだのか?」
 それもある、と頷く。けれどどこか訝しげな青がフレンを見つめた。言葉はなくとも伝わるその感情に、フレンは苦笑する。
 目は口ほども物を言う、なんて、まさしく幼なじみと同じことを考えた。
 かなわないな、
「今の状況は、僕のせいでもあるかもしれないから」
「フレン・・・?」
「ユーリはね、君への感情に迷っているんだ」
「・・・だからそれは、」
 気の迷いだと、そう、
 瞬間あのときの状況を思い出して思わず口を開く。けれどフレンはヴェイグが言葉を挟むのを半ば無視して。
「どうしたらいいってあのユーリが訪ねてきてね。答えはとっくに出てるんだろうに」
 だから互いの心の整理のために間をおいたらどうだと、僕はそう提案したんだ。
 そう続けて、フレンはヴェイグを見た。男に「戻った」ヴェイグ。
 たぶん、親友の心は変わっていないだろう。僕が抱える感情が変わっていないのだから。
 ・・・そんなことはどうでもよくて。最初からわかっていたことだけれど、ユーリ本人に自覚がなかった。
 だから時間が必要だと思ったのだ。ユーリにも、ヴェイグにも。
 だけど結局、そのせいでこうなってしまったのかもしれないね。フレンは申し訳なさそうに笑う。
「君のせいじゃないから、あまり気にしないでくれ」
 本当は、ユーリにそれを聞くために来た。けれどユーリに直接聞いて素直に話すかもわからないし、たまたま依頼に出ていて留守だという。
 仕方なく帰ろうとしていたところにヴェイグを見つけたのだ。
 突然君にこんなことを話すのはどうかと思ったのだけど、聞いてよかった。
「ユーリには僕から話しておくから」
 続けるフレンに、ヴェイグはどうしようか迷う。
 フレンには感謝している。きっと彼は、本当に親身になって考えてくれたと思うから。
 けれど、自分はそれを台無しにしてしまったのではないか。あんな態度を取ったせいで、フレンの行為さえ無駄にしたのではないかと、思ってしまって。それなら、話してもらっても逆効果かもしれないと。
 フレン、と名を呼ぶも言葉を繋げられなくて口を噤む。
「・・・そうだ、もう一ついいかな?」
「・・・?」
 ヴェイグを促すこともなく問われた言葉にこくりと頷くと、フレンの腕が突然のびてくる。腰の辺りに腕が回って抱きしめられて、ヴェイグはぱちぱちと目を瞬かせた。
 嫌な感じは?・・・特に、は。
 短い応答の後、フレンは一度頷いて。それからその手がヴェイグの頬を包み、端正な顔が近づいてくる。
 なにをしているのかわからないまま、ヴェイグはフレンの青い瞳を見つめた。自分の姿が映り込むほどに近づいて、色合いの違う青が重なろうとする、その瞬間。
「フレン!!」
 怒りを孕んだ低い声が、甲板に響きわたった。

金色の訪問者

(そろそろ、来ると思ってたよ)

  

フレンがこんなに目立つとはw
ユーリとは、じゃなくてユーリは、っていう質問の仕方がフレンの優しさ
ヴェイグを追い詰める気は最初からないっていうのが理想
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加筆修正 121101