Eisblumelein:


「・・・ユーリっ」
 腕を引いたままホールを抜け、部屋に向かう。
 途中不思議そうな目で見られるのを気にする様子もなく、ユーリはただ無言で歩いていた。
 ようやく状況を理解したらしいヴェイグが、常にない焦り方で名を呼ぶ。けれどユーリの反応はなくて、口を噤んだ。
 すごい剣幕だった。けれど、なにに怒っているのか、わからない。
 ただでさえ気を悪くしていたのに、船に帰って最初に会ってしまったせいか。それとも、幼なじみを取られたと思ったのだろうか。
 そう思っているのなら、それは違う。だってフレンは、ユーリのことを本当に思っているのに。
 困惑した表情でユーリの横顔を見つめる。それと同時に、ヴェイグは力を抜いた。
 思う通りに、すればいい。これ以上、ユーリが怒るようなことはしたくない。

 部屋に入ると、ユーリは後ろ手に鍵をかける。既視感にも似たものを感じた。
 あのときも確かそうだった。どれだけ危険で、自分がどれだけヴェイグを心配したのかわかってほしくて、・・・だからそう、もうあのときには。
「ヴェイグ」
「・・・・っ」
 呼びかけて、近づく。やっぱりいつもより低い声が出た。再び肩を震わせて、青い瞳がユーリを見る。
 怒っているわけではないのだが(少なくともヴェイグに対しては全く)、機嫌は悪く見えているだろう。部屋に向かう途中で抵抗がなくなっていたのにも気づいていた。
 人のことばかり考えるところがあるから、自分のことを考えて従ってくれたのかもしれない。本当はここにいるのも嫌なのかもしれないが、今はそれが好都合だ。
 一度呼吸をしてから、もう一度声をかける。話を聞いてくれないか。ヴェイグがこくりと頷いた。
「オレは、おまえが好きだ」
 前にも言ったけど、この気持ちは変わらない。
 なかったことにしてくれって言ったから、なかったことにしようとしたんだ。でも、ダメだった。フレンに散々言われたよ。もう答えは出てるって。そうだな、最初から出てたんだ。なのに逃げようと思っちまった。おまえが混乱してるだろうからって自分のことは棚に上げて、言い訳にしてた。それで無理に距離をとろうとしたから、こんなにこんがらがったんだ。
 ヴェイグ、オレはおまえが男でも女でも関係ないんだよ。性別なんて大した問題じゃなくて、大事なのは自分の気持ちだった。
「・・・おまえがオレのこと嫌いなら、どうしようもないんだけど」
 ゆっくりとそこまで話してから、ユーリはそう言って苦く笑った。
 けれど、妙にすっきりした気分だ。これからなにを言われたとしても、自分の気持ちを打ち明けたことに後悔はしない。
 近づくなと言われたら、できるだけ近づかないようにする。思うことまで拒否されたら、・・・ちょっときついか。
 それでも覚悟はできている。あのときのような沈黙の間にそれだけ考えて、けれど返ってきた言葉は拒絶ではなかった。
「・・・い」
「・・・ん?」
「そんなこと、ない・・・!」
 聞き取れない言葉に、ユーリが知らずそらしていた視線を戻す。
 小さく首を振ってヴェイグが繰り返した。彼には珍しい、思わず上がったかのような声。
 オレは、と続けた言葉が止まる。何度か言葉を探して口が開閉し、結局言葉が出てこない。もどかしい。
 普段あまり気持ちを口にしないせいだろうか。どう言えばいいのか、わからない。
 自然歪んだ表情に、柔らかい声が落ちた。
「ゆっくりでいいから」
 だから、おまえの気持ちを聞かせてくれ。
 ユーリの言葉が部屋の空気に消えてからも、ヴェイグは口を閉じたまま。けれどその言葉は、ふわりと心を撫でていった。
 なにかに促されるように、ヴェイグは言葉を紡ぐ。
「・・・・怖かったんだ」
 自分が傷つくのが。
 最初に好きだと言われたとき、すごくうれしかった。でもあのときは女だったから、その気持ちは一時のものかもしれないとも考えていた。だから元に戻ったとき、あれは勘違いだったと言われるんじゃないかと、そう思って。
 もしここで認めて後で拒絶されたら、きっとオレは死んでしまうほど苦しくて、悲しいから。それなら最初からそうでなければいい。ユーリの言葉がなかったなら、大丈夫だと。
 ・・・でも、そんなことができるはずがなかった。もう聞いてしまったのに、なかったことになるなんて。
 次の日に戻ってきたユーリは、本当になかったことにしていたのだ。ユーリが戻ってきてくれるのか不安で仕方がなくて、ずっと窓から外を見ていた、オレとは違って。
 そうしてなかったことになったとわかったら、苦しくて。なのに、
「ユーリが、やさしいから」
 なかったことにしたのに、あんなに優しく笑うから。だからどうしたらいいのか、わからなくなった。
 考えがまとまらなくて、自分でもぐちゃぐちゃになっているのがわかっているのだろう。時折眉を寄せて、少しずつ思いを口にするヴェイグの姿に愛しさがこみ上げる。
 けれどまだ、一番大事なことを聞いていない。ヴェイグの抱く気持ちの、核心部分。
 ユーリは衝動を押さえて、ヴェイグがそこにたどり着くのを待った。そして。
「・・・好きだ、ユーリが、ずっと・・・っ!」
 絞り出すような声が終わると同時に、ユーリはヴェイグを抱きしめる。驚きに固まったヴェイグの腕が、やがてゆっくりとユーリの背に回された。
 それは、受け入れてくれた証拠。
「好きだ、ヴェイグ。・・・愛してる」
 とびきり甘く囁いたユーリは、腕の中でゆっくりと頷いたヴェイグに柔らかなキスを落とした。

綻ぶ結び目

(ようやく、ほどけた)

  

驚くほど恥ずかしいですね
ユーリさん本領発揮
111005
加筆修正 121216