次の日。
行きつけのカフェに入ったユーリは、カウンターで言い合っている二人の後ろを通り過ぎた。
言い合っているというよりも、店員が追い出そうとしているのに浮浪者が追い縋っているという形だ。どうやら酒を一杯飲ませてくれと言う交渉らしい。
「金がないんだろ、帰ってくれ」
嫌そうな顔をして手を振っている店員が言う。
夜ならともかく今は日が高いから、店にいてほしくないのかもしれない。
そんな風に考えながら、けれどユーリは店員に声をかける。
「いいさ、オレにつけといてくれよ」
「ありがとうよ、兄ちゃん!」
今ならまだ金がある。それに、彼らは昨日捨てられたことを知らない。少しくらい見栄を張ってもなんとかなるだろう。
なんて、少々自虐的な感情を全く見せることなく、ユーリが店員を見やる。肩を竦めた店員が、一杯の酒を注いで浮浪者に渡した。
そのグラスを乾杯するようにユーリに向かって掲げ、浮浪者は嬉しそうに礼を言った。
手を挙げてそれに答えると、さあ出てってくれ、と店員が浮浪者を追い出しにかかる。今度は逆らうことなく、浮浪者は店を出ていった。
それを見送っていると、耳に聞きなれた声が届く。奥で男たちが騒いでいるようだ。
一人は見知らぬ男、もう一人は、
「おっさん・・・」
朝から元気だねえ、と呆れ混じりに空いている席に座る。
いらっしゃいユーリ!
元気に挨拶をしてきたのは、エステル。しばらく前からここで働いている店員である。
水の入ったコップを受け取って、レイヴンを示した。
「弁護士の方らしいです」
レイヴン、なにか困っているのでしょうか?
あれは何か端的に尋ねたユーリに対して、エステルは心配そうに首を傾げる。どこからどう見ても問題しかなさそうな男だが。
そうして様子を窺う内に、その問題まみれの男が振り返った。
ユーリを見た瞬間に顔を輝かせる。げ、と思わず声が漏れた。
「青年!待ってたのよー」
隣のエステルにへらりと笑みを見せてから、レイヴンはユーリの腕を掴む。ぐいぐいと自分のテーブルへ引っぱられて、ユーリは内心溜息をついた。
イスに腰を下ろすと、向かいに座っていた男が肩を跳ね上げた。
確か弁護士だという話だったが、こんなに気弱そうで大丈夫なのだろうか。
などとどうでもいい心配をするユーリとその弁護士の間から顔を出して、レイヴンがきらきらした目でユーリを見つめた。
「いーい話があるのよ!」
青年今お金ないでしょ?と痛いところをついてくる。
金もないし、そもそも宿なしである。それに関しては反論のしようもない。
なんとなくレイヴン相手に認めたくはないユーリが渋々頷くと、レイヴンはテーブルの上の新聞を取り上げた。
示されたのは小さな記事。「尋ね人」の欄である。
その写真を認識する前に、レイヴンの口から聞き慣れない言葉が飛び出した。
ひらひらと翳しているのはもう一枚の新聞。そこに書かれているのは期限が迫った口座の一覧だった。
「睡眠口座?」
「そ。名義人が死んでから一定期間相続人が現れない口座のこと」
簡単に言えばね、とレイヴンが説明する。
一定期間相続人が現れなかった場合、その口座の期限が切れる。そうなるとその口座は解約され、口座の中身はすべて国庫に入るのだという。
曰く、その口座を手に入れ、残された大金を手にしようと。
向かいに座った弁護士とやらは、その名義人の書類を集めて整理し、国に提出する仕事を請け負っているらしい。彼が抱えているファイルには、その睡眠口座のリストや記入書類でも入っているのだろう。
で、ここ見てよ。
指がさしたのは先ほど見損ねた写真。
そこに写る人物は、
「そっくりでしょ?」
「・・・あぁ、たしかに」
なんとなく、読めた。
ユーリは思って、今度は大きな溜息をつく。尋ね人として写っている男は、自分にそっくりだった。
双子かと思うほど似ている男。名前は、フレン。28歳と書いてあるから、自分よりは少々年上だろうか。
そして姓を見る限り、彼は睡眠口座の持ち主の、息子。
つまりレイヴンは、自分がこいつを装って口座の中身を手に入れるのを目的にしているわけだ。
そして残念なことに、今のところユーリはその申し出を断れるほど懐が暖かくはなかった。
レイヴンの横で身を縮めている弁護士を見やる。やはり彼が証人としてこのイカサマを手伝う・・・いや手伝わされるらしい。
「やるでしょ、青年?」
「最初からそのつもりだったろ」
呆れた表情で言えば、レイヴンはまあね、なんて飄々と返した。
悪どい笑みを浮かべているレイヴンに肩を竦めることで了承を示す。口に出してやると言うのは、なんだか癪だった。
(さっそく行くわよ!)
(やる気満々だなおっさん・・・)
ヴェイグさんが不在のまま
きっかけになるところなのでさらっと、でもフラグで
そもそもこれ書こうと思ったきっかけはこのシーンのおっさんでした
絶対似合うと思ったんだ・・・!w
130309