どんちゃん騒ぎの夜のカフェ。そこに、見知らぬ青年が来店した。
ドアを開けてすぐ、響き渡るかけ声や笑い声に、漂うアルコールの香りに眉を寄せる。それから周りを見回して、誰かを探しているような動きを見せた。
その視線が一人の青年で止まり、青い目が見開かれる。やや急いだ様子で階段を下りて、彼の座る席へと近づいた。
口を開くが、声がでない。どうしようかと逡巡している間に、向かいに座る男が顔を上げた。
「青年、お客じゃないの?」
「ん?」
振り向いた青年の視線がすうっと細まる。用件を聞かれる前に、口を開いた。
「にい、さん・・・!」
瞬間、場の空気が凍った。ユーリが目の前の青年と見つめあう。
状況の把握を、しようか。
白銀を後ろで三つ編みにした長い髪と、薄く張った氷を思わせる青い瞳。身長はおそらくそんなに変わらないだろう。表情は今のところ乏しくて、感情が読めない。
そんな青年に見覚えがあるかと聞かれれば、残念ながら、ない。
「ちょっとユーリさん?そんな子がいるなんて聞いてないわよ?」
こそり。
レイヴンが耳元で囁いてきて、我に返る。とりあえずその頭を押し退けて、再び青年に向き直った。
人違いではないかと、言葉を投げる直前。再び繰り返された呼び名と、足された名前。
「フレン、にいさん・・・?ユーリ・・・?」
フレン。
その名前には聞き覚えがあった。尋ね人として新聞に載っていた男。わずか数時間前に、自分が成り代わった青年。
その青年を「にいさん」と呼ぶということは。この青年は、フレンの弟、ということになる。
不思議そうに、わずかに訝しげな色をのせた青年の声に、答えたのはレイヴンだった。
「やっだフレンてば、こんなかわいい弟がいるなんておっさん聞いてないわよ?ね、名前は?」
その言葉に含まれた「フレン」にユーリはレイヴンを睨む。
この状況で本人じゃないってバレたら困るでしょうが。名前偽ってお金もらったのよ?この子が銀行行った後だったら犯罪者じゃない。
ということが言いたいのであろうレイヴンがユーリを見つめる。なんだかんだで悪友としては長いつき合い。言いたいことは大体理解できた。
「・・・ヴェイグ」
「・・・そう、ヴェイグ・・・だよな。久しぶりだ」
沈黙を介して、ユーリはそう返す。
呼び慣れない名前に違和感を持ちつつも、目に見えて青年の表情が安堵に緩んだのに安心した。
変わっていたから気づかなかった、と付け加える。ヴェイグは小さく苦笑して、15年も前に別れたから、と答えた。
15年。それじゃわかるわけがない。ユーリは内心ほっとして、笑みを浮かべてみせる。
たかが数年前だったなら不審にも思うだろうが、それだけ時間が空いていればたぶん大丈夫だろう。
それからユーリは後ろのレイヴンに向けて、
「お前に話すわけないだろうが」
肩を竦めた。
誤魔化しもあるが、自分にこんな弟がいてもおそらくレイヴンには教えまいと思う。
なによー、と膨れた(つくづく年齢を考えないおっさんである)レイヴンに、ヴェイグがおずおずと声をかけた。
「その・・・、ユーリ、さん?」
「そうそう、ユーリ。フレンお兄ちゃんの友達よ。よろしくね」
吹き出しそうになるのを耐えた。
おっさんに向けて自分の名前を呼ぶなんて、想像したくない。
レイヴンは一瞬驚きを見せたものの、へらりと笑みを浮かべてみせる。フレンお兄ちゃん、とユーリの肩を叩いてユーリがフレンであることを強調する。
ユーリは悪友だろ、と訂正を入れた。
「15年も前に別れたままって言ってたけど、そのとき何歳?」
「・・・3歳、だった」
てことは18歳かー若いわねー。
遠い目をしたレイヴンに年寄りかよ、とつっこんでから立ち上がる。ヴェイグの肩をつかんで自分の座っていた席へと促した。
世間話のようにさらりと年齢を聞きだしたレイヴンに呆れにも似た感心を覚えながら、ユーリは紅茶を頼む。酒を出す羽目にならなくてよかった。
時折酔った客にぶつかりそうになりながらもエステルがいそいそとティーセットをトレイにのせて運んでくる。見知らぬヴェイグを見て不思議そうに首を傾げた。
「お知り合いです?」
あー、うん、まあ。
弟だと言うのはいいが、ユーリはフレンでレイヴンはユーリだなんてエステルには話せない。
フレンの弟と言えば「フレンて誰です?」と花をとばされるのは目に見えているし、だからといってユーリの弟だと言えばヴェイグが妙な顔をするに違いない。
オレの弟、と名前を隠したところで、おそらく「ユーリのですか!?」なんて話がまずい方に行くのだろう。結局ごまかすくらいしか方法はないのである。
「わたしはエステルっていいます。あなたのお名前は?」
「・・・ヴェイグだ」
そうですか、よろしくお願いします、ヴェイグ!
なんてあっさりごまかしをスルーしたエステルに安心した。
今回ばかりは天然に感謝して、ユーリは紅茶を注いでやる。エステルは頷いたヴェイグに笑顔を一つ返して、再びカウンターの方へ戻っていった。
「とりあえず紅茶でも飲んで落ち着いててくれ。ま、ちょっとうるさいだろうけど」
「詳しいお話はそれからってことで」
ユーリの言葉をレイヴンが補強して、そそくさとヴェイグから離れた。
不思議・・・というより不安げな顔をしたヴェイグになんとなく後ろ髪を引かれたが、気にならないフリをしておく。
店の片隅に座り込む客を中央に放り込んでから、自分たちがそこを占拠する。近くに誰もいないことを確認してから、ユーリは胡乱げな目でレイヴンを見た。
「どうすんだ、おっさん」
さすがにへらへら笑ってはいられなかったらしいレイヴンが珍しく真剣な顔で唸る。
その結果出した結論は、
「まー・・・仕方ないわよ」
「・・・しかた、ない?」
あまりの言いぐさに、ユーリは思わずオウム返しに返した。
ヴェイグが来たのは新聞でフレンを、兄を見つけたからだ。
生きているなら同じ記事を読んでいる。父親の口座があるこの町の銀行に来る。銀行に来るなら、会える。おそらくそう思って、銀行を回ってからここに来た。
そして見つけたのだ。フレンによく似た、ユーリを。
「この状況で実は自分はフレンお兄ちゃんによく似た別人ですついでにお父さんが残した口座はフレンに成り代わった自分がすでに解約して中身は頂きました、なんて青年には言えるの?」
言えるわけがない。
ヴェイグの目的が兄に会うためでも父親の遺産を引き取るためでも、どちらにせよ二人はすでに両方を不可能にしてしまっている。だからといってごまかすにも限界がある。
難しい顔をしているユーリの肩をばんばん叩いて、レイヴンは笑った。
ま、なんとかなるわよ、フレンお兄ちゃん。
ザ・他人事。そんな顔をしているレイヴンに。
「そーかそーか。そんなに怒ってほしいのかユーリさん?」
額に青筋が浮かんでいる気がする。
ぴくぴくと痙攣する口元を無理矢理笑みの形にして言うと、レイヴンが両手を上げた。
と。
「そうか君がヴェイグか!大きくなったものだ」
騒がしいカフェの中。渦中の名前が飛び出して、二人はぴたりと動きを止めた。
(ていうかヴェイグとフレンてあんまり似てないわよね)
(どっちかが父親似でどっちかが母親似なんじゃねーの)
ようやく出会い編。いつもより三割り増しほど天然でお送りしております(笑)
似てねえよ、という問題は今後全く出てきません
外見は問題じゃない!w
おっさんが書けたので満足してきた←
130413