Eisblumelein:


 冷たい声が響いて、空気が凍った気がした。
 ぞく、と背筋に冷たいものを感じる。
 こいつは、やばい。けれど今頃気づいても、遅い。
 アレクセイは姿勢を正して、二人を見やった。
「君たちのお父さんの口座に、私の取り分が入っているはずなのだが」
「・・・口座?」
 小さく首を傾げたヴェイグに、アレクセイは頷いて見せた。
 口座があったことなど知らなさそうな態度に疑問は抱かないらしい。父親の口座のことをまったく知らないということは、尋ね人の顔だけ見てこの町に飛んできたのだろうか。
 よほど兄に会いたかったのか・・・いや、天涯孤独になったと思ったところに家族がいるという情報を得れば当然といえば当然なのかもしれない。
 ユーリがアレクセイから視線を外すことなく考えていると、アレクセイがこちらに視線を移した。
「実は君たちのお父さんは、私に借金があってね」
「そんな話聞いたこともねぇな」
 弟よりは兄の方が話が通じやすいと思ったのだろうか。たしかにヴェイグはまだ未成年だし、口座を相続するなら当然ユーリ・・・いやフレンだ。
 ユーリが肩を竦めると、アレクセイがそうか、と呟いた。話が見えないが、まずい状況であることは確かだ。
 ユーリがフレンでなく、ヴェイグに記憶がない以上彼が本当に父親の知り合いなのか確かめる術はない。
「・・・父は、いくら貴方に?」
「10億」
 控えめに尋ねたヴェイグに、アレクセイがはっきりとその金額を口にする。
 ただし現代の相場に換算すれば、の話だ。
 付け加えられたにしても相当な額が飛び出してきて、さすがのユーリも驚きに目を見開く。
 10億?なにに使ったら消えるんだよそんなの。
 全うに暮らしていれば幾ばくかは残っているはずである。もしも使いきるとすればよほどの無駄遣いか、ギャンブルか。
 どちらにしろ大した父親だな、とヴェイグを窺えば、予想外の金額に呆然としていた。
 となれば、やはり家計費になったわけではなさそうだ。
 そうか、彼は亡くなったか。何事か思案していたらしいアレクセイが独り言のように呟き、それから小さく溜息をついて。
「そうであるなら、君たちに払ってもらうほかないな。なに、半額でいい」
 お父さんには世話になったからね、なんて言っているアレクセイだが、目は笑っていない。
 半額でいい、なんてまるで負けてくれたかのような言葉だが、それでも5億である。そんな金、あるはずがない。
 おそらくすべてをわかって言っているのだろう。その証拠に、ユーリを感情の見えない瞳で見つめて続けた。
 ここに君がいるということは、当然相続は終えているのだろう?もともとここに住んでいたのでなければ、この町に来る理由は相続しかないからね。
 相続。
 その言葉に睡眠口座を思い返す。
 アレクセイの言うことが1から10まですべて正しかったとしたら、あの口座の中身のことを指しているのだろう。けれどあの口座は。
「たしかに相続はしたけどな、中身はこれだぜ?」
 言って、ユーリはカフェを示した。
 こんな話をしていることなど思いも寄らず、飲んで騒いでいる貧乏人たち。アレクセイはちらりとそれを見やって眉をひそめた。
 だからこれだよ。5億なんて大金は払えない。あの口座の中身は、
「一晩の酒代に消えるくらいの端金」
「そんなはずはない!」
 怒りよりも驚きの声を上げて、アレクセイが立ち上がる。それからすぐに、我に返って再び腰掛けた。
 一度落ち着いてから、再び二人に視線を戻す。けれど、払ってもらうほか道はない、と静かに告げた。
「我々は家族だと言っただろう?"家族を裏切った者は自らの血で購う"という掟がある」
「どんな目に遭うんだよ」
 だいたい家族になった覚えはない。
 それを言えば父親が家族なら息子も家族だと言われるのだろうから口にはしなかった。皮肉げに問い返すと、今度は楽しそうな笑みを浮かべた。
 殺すなんてことはしないさ、
「だが、死んだ方がマシということもある」
 後ろのレイヴンがひいっと情けない声を上げた。演技なのか本気なのかはわからないが。
 ヴェイグは黙ったまま、テーブルの下で手を握りしめている。心なしか青ざめている仮の弟に笑みかけてやってから、ユーリは表情を引き締めた。
 ここは、逃げるしかない。単純な方法だが、一番効果的だろう。ただしここから出られれば、の話だが。
 わずかの間に考えを巡らせて、ユーリはアレクセイが再び口を開くのを待つことなく立ち上がった。
 隣のヴェイグの腕を引く。行くぞ、と端的に呟いてから、アレクセイに目をやった。
「すばらしい出会いだったなアレクセイさん。感動したよ、じゃ、オレたちは帰らせてもらうわ」
 言い捨てて歩き出すと、空いている手で慌ててヴェイグがカバンをつかんだ。
 その隣に何食わぬ顔でレイヴンが続く。いざとなったらおっさんを盾にするか、なんて思いながら、ユーリが入り口のドアへと手を伸ばす。
 待ちたまえ、という声が後ろからしたかと思うと、困惑げにその声の主を呼ぶ声が続いた。
 振り返ると、階段下でヴェイグが引き留められているのが見える。思わず舌打ちをして、ユーリが階段をかけ降りた。
 逃がす気はないのだと、鋭い瞳がユーリに語る。どうする。頭の片隅で考えた、その数秒後。
「じゃんじゃん飲めるぞー!!」
 陽気な声がカフェに響いたかと思うと、入り口からぞろぞろと浮浪者が来店した。
 普段なら止める店員も、嫌そうな顔を隠さない客も、今日に限ってはなにも言わない。普段酒など飲めない貧乏人は大いに喜んで店に入り、騒ぎ始めた。
 この町にはこんなにも浮浪者がいたのかと誰もが驚くような人数に、店の中は一時混乱を呈した。
 それを好都合とユーリはヴェイグの腕を取り返し、階段を駆け上がる。勢いのまま店を飛び出し、店の通りから離れた。
 ここはユーリの庭のようなものだから、道は誰よりも把握している。
 いくつかの路地を通り抜け、道を曲がり、息が上がる前に足を止めた。

見えた本性

(あいつは、なんだ?)

  

若干ごちゃっとしてる感が
というか一緒にいるはずのおっさんとか影薄ってなってw
どのあたりがユリヴェイみたいな感じになってますがいつかユリヴェイになると信じてる!←
130505