「ここまでくれば、とりあえず大丈夫だろ」
ユーリは周囲を窺って、人影がないのを確認する。後ろからレイヴンが走ってくるのが見えた。
ヴェイグのカバンを持っている。どうやら店に置いてきたものを運んできたらしい。
おつかれ、と声をかけると、息を整えながら恨めしげな目を向けてきた。
「おっさんを走らせるなんて、ひどいわね」
「別に来なくてもよかったんだぜ」
カバンを受け取ってからそう返す。
ひどい!と大げさにリアクションを見せるレイヴンを無視して、ユーリはヴェイグに向き直った。
ただでさえ知らない町をめちゃくちゃに走らされて、どこだかわからなくなっているらしい。不安げな視線が町をなぞっていた。
やがてユーリと視線がかち合うと、安堵した気配になる。なんだかものすごく、申し訳ない気持ちになった。
「ところで、ヴェイグはこれからどうするの?」
そんな空気を読んだのか読んでいないのか、レイヴンが首を傾げて尋ねた。
おそらく読めていないに違いない。もしくは読んで無視したかどちらかだ。
レイヴンとは反対方向にわずかに首を傾げて、
「・・・とりあえず、ホテルに」
「予約は?」
答えたヴェイグは、次の問いには首を振った。
まだ、という小さな声が返る。
ふつう旅行でもなんでもするなら町についた時点でホテルに一度入るなり予約をするなりするものだ。それをしていないということは、よほど抜けているのか、他のことで頭がいっぱいだったのか。
しっかりしてるように見えるんだけどな、とヴェイグを見ながら考える。
「じゃ、お兄ちゃんにホテルとってもらいなよ」
「は?」
「どこにホテルがあるかもわからないでしょ?今はカーニバルの時期だし、目立ったホテルは全部いっぱいだろうし」
なんならおっさんの家に泊めてあげてもいいけど、なんて続けたレイヴンがにやりと笑った。
成り行きだろうと兄と名乗った以上そんなことはさせられない。というか、ユーリ個人としてもレイヴンの家にヴェイグを泊めるなんてもってのほかだった。
その感情の根本には、まだ考えが及ばなかったけれども。
「・・・そこまで迷惑はかけられない」
聞き返したときのユーリの表情に遠慮が生まれたのか、ヴェイグはもう一度首を振った。
小さいときに別れて、それっきりだった兄。
元々似ている兄弟ではなかったし、特別仲がよかった、というわけでもない。そんな弟が突然訪ねてきて、迷惑じゃないはずがなかったのだ。
二人だけで暮らしてきた母が死に、独りになったと思った。天涯孤独になってしまったと思っていたところに、兄の存在。
勢いでこの町まで来て、再会を果たして、・・・嬉しかった。
だから、相手のことを何一つ考えられなかった。
「ホテルまでは一人で行くから、大丈夫だ」
「待てよ」
だからカバンを、
続けて手を伸ばしたヴェイグに、停止の声をかけたのはユーリだった。
ついでにカバンをひょいと後ろ手に持ち変える。行けるわけないだろ、という言葉は飲み込んで、驚いた表情を見せるヴェイグに視線を向ける。
まさか止められるとは思っていなかったらしいヴェイグが青い瞳を瞬かせた。
「連れてってやるから」
「だが・・・」
「いいからいいから、お兄ちゃんに任せなさい」
未だに迷っているらしいヴェイグの頭を乱暴に撫でる。なぜか横から口を出してきたレイヴンは無視しておいた。
本人も気にしてはいないだろう。なんとも満足そうな顔をしている。
逡巡の後に頷いたヴェイグが、小さく頼む、と呟いた。
「ユーリ!レイヴン!」
「!」
(あれ、嬢ちゃんじゃないの・・・?)
(・・・だな)
なにも考えずに書いてたら切りどころがわからないという事態
おっさんが動かしやすすぎて困るw
ところでカーニバルは今後一切出てきません←
130602