前を走っているユーリの背を見ながらレイヴンは目を細める。
頭の中を巡るのは、なんだかんだでわりかし長いつきあいの内の場面場面。
ユーリは流されて生きるタイプだった。なににも情を移さない。面倒なことには顔をつっこんだりしない。なにかあれば、自分の保身を考える。
そうやって生きてきた。それをレイヴンは横で見ていたのだ。
そのユーリがそこまであの青年にこだわるなら、理由は一つだろう。本人はまだ、気づいていないようだが。
若いわねー、なんて思っていると、ユーリが突然立ち止まった。
「青年?」
「遅かったみたいだな」
目的のホテルから、アレクセイが出てくるところだった。
部下らしき人物がヴェイグを捕まえている。どうするか悩む時間はなかった。
まるでここに来るのがわかっていたかのように、アレクセイの視線が二人に向かう。逃げても仕方ないと物陰から出ると、気づいたヴェイグが小さく名を呼んだ。
「大丈夫か?」
「・・・ああ」
何事もなかったかのように尋ねると、ヴェイグが頷く。
見たところ腕を縛られているだけで怪我はなさそうだし、嘘ではないだろう。
「まさか逃げるとは思わなかったよ」
目の前でアレクセイが微笑んだ。笑ってはいるものの、目は少しも笑っていない。
カフェでのあの瞬間と、同じような光を宿していた。ユーリはアレクセイに向き直る。
「別に逃げちゃいねえよ。ただ店を出ただけだ」
軽口を叩くも、向こうは納得してくれそうにない。
どうする。
周囲に目を走らせる。建物の陰に隠れて、好戦的な気配が二人に集中していた。
どうやら二人と思っていたのは間違いだったようだ。それともユーリを捕まえるために集めたか。
ちらりと隠れていた物陰を見ると、レイヴンの姿がなかった。逃げたか、と舌打ちをもらす。
性格は把握しているつもりだから、まあ仕方がないといえば仕方がない。むしろこの状況で逃げ出せていることに関しては素直に尊敬する。とはいえ、それならついでにヴェイグを助けるなり場を攪乱するなりしてから逃げてほしかったところだ。
まあ無理だろうけどな、おっさんだし、と肩を竦める。
「ここ出てどうするつもりだよ?」
「別のホテルに移ろうと思ってね」
私の知人がやっていてね、ここよりも安く済む。
君たちを紹介したい、なんてアレクセイはにこやかに話した。
紹介?誘拐の間違いだろ。
内心思っても口には出さない。神経を逆撫でするようなことは言わない方が無難だろう。
二人しかいない以上、この状況は多勢に無勢すぎる。腕っ節に自信がないわけではないが、アレクセイはレベルが違いすぎる。タイマンならともかくヴェイグを連れた状態でなんとかなるかと言われれば、答えは否。
ヴェイグの実力については全く加味していないが、ヴェイグが人並み以上に喧嘩ができるとは思えない。そもそも縛られている時点でマイナスだ。
ユーリは溜息をひとつ落として、ヴェイグを振り返った。
「ま、なんとかなるだろ」
「さあ、こっちだ」
表情の強ばっているヴェイグの肩を叩く。たぶん、巻き込んだと思っているのだろう。
まったくお人好しだ、なんて笑ってみせると、ヴェイグがユーリの顔を見て小さく頷いた。
アレクセイの声が二人を急かして、歩き出す。彼が背を向けたと同時に周囲の気配が狭まってきて退路を断った。
逃げる気なんてないっての。
小さくぼやいて、部下が持っていたヴェイグのカバンをつかむ。
「おい、」
「別にいいだろ、荷物が減ったんだから」
なにが気に入ったのか、アレクセイが喉で笑う声がした。
(これからどうするか、だな・・・)
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ユーリさんはなんだかんだでほっとけない病なんだけど、設定上こういう形になりました
おっさんがいいおっさんすぎてつらいw
131013