Eisblumelein:


 ホテルを経営する知人とやらと話し込んでいるらしいアレクセイの声を背にして、一室に閉じこめられてしばし。
 きれいな顔立ちの女性だったことに内心驚きつつ、どんな知り合いだよ、とつっこんでおいた。
 ヴェイグの縄がホテルに入る直前に解かれたところをみると、あの女性は本当に個人的な知り合いらしい。これが最後だとか言っているところを見ると、アレクセイがなにをしているかは知っていそうだが。
 しばらく様子を見ていたらしい外の気配が遠ざかっていくのを確認してから、ユーリはドアに近づいた。ノブをつかんでゆっくりと回す。ガチャン、回りきらずに止まったのに、ユーリが肩を竦めた。
「念入りだな」
 外から鍵をかけられるということを考えると、それなりにふつうのホテルではないのかもしれない。
 一応中の鍵をかけて、ヴェイグを振り返る。カバンをテーブルの横に置いて自らはソファに腰を下ろし、ヴェイグは口を噤んでいた。
 ユーリはヴェイグの隣に腰を下ろして、大丈夫か、と問いかける。
「・・・アレクセイさんに、なにか渡した方がいいのか?」
「いや、別にいいんじゃねえか?」
 難しい顔をしていたと思えば、そんなことか。
 至極真剣な顔をして尋ねてきたヴェイグに、ユーリは思わず苦笑をもらした。
 ユーリからしてみれば、アレクセイ自体が胡散臭いのだ。フレンの名もヴェイグの名も知っているから知り合いというのは間違いないのだろうが、まずタイミングが良すぎる。睡眠口座のことを知っていてヴェイグが来るのを・・・正確にはヴェイグの父親が来るのを待っていた、と考える方が正しいだろう。
 だが、と小さく呟いて、ヴェイグは考え込んでしまう。真面目というか素直というか。
「いったいどうしたらこんな純粋培養になるんだか」
 ユーリはぼやいてヴェイグの横顔を見つめる。
 田舎から出てきたのだということは聞いた(正確には故郷が田舎であることを遠回しに聞き出した)。
 田舎というのは大抵人同士の繋がりが強いものだから、天然でも生きてこれたのかもしれない。または母親が相当しっかりしていたか、いつも一緒にいた友達がそうだったのか。
 どちらにせよ都会で生きていけるタイプではない。
 ある意味ヴェイグがカフェに来てくれてよかったのかもしれない。この危なっかしさでは強請やらたかりやら、誘拐でもされていたような気がする。今の状況も等しく誘拐後軟禁なのだが、自分がいるといないとでは大きな違いだ。
 そもそもユーリがしていることも詐欺のようなもののはずだが、そこにつっこみを入れるのはやめておこう。
「・・・銀行でいくら出したか証明を、」
「金がないってわかったら用なしってことで殺されるかもしれないぜ」
 それなら、と顔を上げたヴェイグの意見を却下すると、再び彼は黙り込む。
 本当のことを言っても信じてもらえないのだから、第三者の力を借りればいい。たしかにその通りなのだが、今回の場合はそれですむとは思えない。アレクセイがそれに納得したとしても、なら仕方ない帰ろうなんてなるはずがない。
「ちょっと落ち着けよ」
 表情は読めないが、突然こんなことになって混乱しているのだろう。
 白銀をくしゃりと撫でて、ユーリは言った。落ち着かないといい考えも浮かばないぜ。
 ヴェイグは小さく頷くと、素直に深呼吸した。
 うん、素直すぎてほんとに不安になるな、なんて思っても顔には出さない。自分がひねくれているのを自覚している分眩しいくらいである。フレンが生きていたら同じように思うのだろうか。もしかしたら兄も同じくらい天然に育っているかもしれない。恐ろしい話だ。
 そんな取り留めもないことを考えていると、ヴェイグがこちらを見やった。
「兄さんがいてくれてよかった」
「・・・っ、オレは・・・」
 言って、微笑んだヴェイグに言葉を失くす。
 兄に対する全幅の信頼を見ていると、本当に申し訳ない気になる。兄がいるから大丈夫なのだと、彼は本当に信じているのだろう。
 ヴェイグがそう思う所以はユーリの行動に基づいているのだが、それに気づく余裕はなかった。
 ユーリは勢いで口を開き、けれどそのまま閉じる。
「・・・いや、なんでもない」
 今ここで真実を明かせば、ショックを受けるのは明白だ。それならすべてが終わって落ち着いてから打ち明ける方がいい。その結果なにが起きても、それは自分の責任だから。
 そう思って、言葉を濁した。
 が、どうやら彼はその躊躇を別の意味に取ったようで。
「すまない」
「謝るの癖なの?」
 どこに謝る要素があるのか、ヴェイグは会ったときから謝ってばかりだ。思わず問えば、それに対しても同じ言葉が返ってきた。
 理由を聞くべきだろうか。個人的なところに踏み込むのはいいことではないかもしれない。
 けれどどちらにしろ、謝るのが癖になるような状況はあまりいいものではないはずだ。
「ま、ヤな目にあったヤツは他人の気持ちがよくわかるっていうしな」
「・・・?」
 きっとそれも今のヴェイグを形作ってるんだろう、なんてらしくないことも考えながら、ユーリは不思議そうに目を瞬かせるヴェイグの頭を撫でた。
 母親も亡くして、独りになったことも関係しているのだろう。独りでいるのに慣れなければなおさら、人と触れあうときに人の気持ちが分かるようになる。
 経験論、かもしれないが。
 なんだかんだでレイヴンとつきあっているのも、彼の中になにかがあるからなのだろう。と、ユーリは思うことにしている。
「心と心がふれあう巡り会い」
「?」
「が、大事なんだと。おっさんが大げさに言ってた」
 というのは嘘なのだが、くさいことを言っているのは事実なのでレイヴンの言ということにしておこう。キャラじゃない。
 おっさん、という言葉で誰を指しているのかわかったのか、ヴェイグが小さく笑った。
「もしそんな人に会ったら、兄さんに知らせる」
 だからどれだけ兄さんを信頼してるんだよ、というつっこみはもうしないと決めた。
 痛む良心は見ないことにする。良心、とは違うような気もするが、それも目を瞑る。
 言ったヴェイグが、それから首を傾げる。兄さんは?そんな声が聞こえた。
「あー、まあそれなりに、」
 先ほどと同じように言葉を濁す。
 正直なところ、本当に言いづらい。真っ当に暮らしていないことを申し訳なく思うくらいだ。
 その内にどうやら先ほどのちょっとした修羅場を思い出したらしい。
 あ、と小さく声を上げて、
「・・・そうか、ジゴロだから」
「痛いとこつくな」
 ユーリは苦笑して肩を竦める。
 ユーリが・・・いや、兄がジゴロであることについては抵抗はないらしい。というか気にしていないのだろうか。その言葉を口にしても、表情は変わらない。
 拒絶されないのは救いでもあるが、ジゴロだと思われているフレンにはすまないと思う。
 真っ当な暮らしをしているかもしれないのに。していた、かもしれないが。
 ヴェイグはユーリの苦笑に申し訳なさそうな表情を浮かべて、すまない、と呟いた。
「ばーか」
 別に間違ってないんだから謝るなよ。
 ユーリは手を伸ばし、ヴェイグの頭を撫でた。ちょっと乱暴に髪を乱すと、ヴェイグが逃げるように首を竦める。
 小さく笑って手を離した。それにつられたのかヴェイグの表情が緩んだのに安心して、ユーリはソファに身を埋めた。

軟禁中

(とりあえずしばらくは大丈夫か)

  

切りどころが行方不明なのでちょっと長めです
心と心の〜っていうのは本編にあったので。言わねえよと思いながら書きましたw
ヴェイグが天然なのは仕様です
ちなみに騎士団長と恋仲っぽい人はモブってことでお願いします(笑)
131124