「怪我、大したことなくてよかったわね」
あのあと病院に駆け込んで、怪我の治療を受けた(費用はなぜかレイヴンが出した。珍しいこともあるものだ)。
包帯が巻かれた腕を見ながらレイヴンが言う。ユーリはとりあえず頷いて相づちを打った。
レイヴンはそれを見てから、ヴェイグに声をかける。
ホテルを出てから、ヴェイグは一言も口を利かなかった。父親が目の前で逮捕されたのだから無理はない。頼りにしていた兄は偽物だったわけだし。
・・・結局オレのせいじゃねぇか。
一応安静の診断を受けて腕を吊った状態で、ユーリは自虐にも似た笑みを浮かべた。
「だましててごめんねー。おっさんはレイヴン」
よろしく、と似合わないウインクをしてみせるレイヴンに、ヴェイグはなんともいえない曖昧な笑みを浮かべる。知り合いであれば、冷たい目で見られるところだ。
「あれなヤツだけど、許してやってね」
あれってどれだよ、とつっこんでやろうかと思ったが、口にする間もなくレイヴンは去っていった。
ホテルまで送る、というユーリの言葉にヴェイグが頷いたのを最後に、二人の間に沈黙が落ちる。
ホテルの看板が見えてきて、ようやくユーリは口を開いた。
「もし、「あの!」
なにかあったら、なんて都合のいいことを言える立場でも柄でもないのを理解しながら、それでも口にした言葉が遮られる。ヴェイグに他意はないのだろうが、少々傷つく。
けれどそれを隠して、ユーリはヴェイグへと向き直った。
「父さんを助けてくれて、ありがとう」
ヴェイグは言って、小さく頭を下げる。ユーリはその言葉を受けて目を瞬いた。
とっさに身体が動いただけで、特になにか意味を持った行動ではなかったから。感謝されるとは思っていなかった。だが考えてみれば彼は父親で、庇っていなければ死んでいた可能性もある。
しかし、彼はそれを言うタイミングを図っていたのだろうか。いやまさか。
気にすんな、と返してから、ユーリは先に遮られた言葉を続けた。
「父親が戻ってくるまで、なにかあったらなんでも、」
「大丈夫だ。心配しないでくれ。代わりに父さんができた」
言ってくれ、と言い切る勇気はなかった。けれどヴェイグが再び被せるように言葉を紡いだ。
兄さんはいなくなったけど、と言わなかったのはヴェイグの優しさだろうか。だましていたことを、責めてもいいのに。むしろ責められた方が気が楽で、だからそう思ってしまうのだろうか。
ユーリは思いながら、ヴェイグが珍しく話し続けるのを見ていた。
面会に行くし、手紙だって毎日書ける。生きていてくれた、それだけで十分だ。
いっぱいいっぱいだろうに小さく笑みさえ浮かべているヴェイグに、ユーリは思わず口を開いていた。
「おまえが心配なんだ!」
「っ?・・・ユー、リ」
「・・・いや、悪い。オレなんか信用できるわけねぇな」
身から出た錆、ってやつか。
なにか返そうとしたヴェイグをとどめて、首を振る。
元はといえば、だました自分が悪いのだ。こんなに大事になるとは思っていなかったけれど。
もしヴェイグが一人で巻き込まれていたら、・・・それでも、ユージーンがいた。なんとかなったはずだ。
それなのにここまで真意を明かさなかった理由に、ようやく思い至った。
ぐしゃりと前髪を握って、自嘲する。今更気づいても、遅いな。
は、と呆れたような溜息を落としたユーリに、ヴェイグはそんなことはない、と口を開きかけ、それからなにかに気づいたように動きを止めた。ユージーンから渡されたコンパクトを、じっと見つめる。ユーリはとりあえずその思考を頭の隅に追いやって、ヴェイグの手元をのぞき込んだ。
「どうした?」
「・・・なにか、ある・・・」
からから、と音がするコンパクトを開いて、音の正体を見つける。
大きくもないコンパクトに隠れる小さな、鍵。そこに英数字が彫り込まれているのを見て取って、ユーリは思わず口の端を上げた。
あのおっさん、やりやがる。
呟いたユーリを怪訝そうに見たヴェイグに正体を教えると、ヴェイグはゆっくりと目を瞬かせた。
「貸し金庫の、鍵?」
(もう少しだけ、話を)
すっごいあいちゃったからうわあああと思ってたけどこれもうすぐ終わるじゃないですか←
ユーリさんが空回ってるのは仕様です
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