Eisblumelein:


「ユーリ、それから、ヴェイグ!いらっしゃいませ!」
 あれから数日。
 久しぶりにカフェに顔を見せた二人を、エステルがうれしそうに出迎えた。
 おう、とそれに返しながら、ユーリがいつもの席につく。ヴェイグを向かいに座らせると、エステルが水を運んできた。
 で、あれは?
 ユーリが半ば呆れ顔で店の奥を示す。エステルはそちらを確認してから、いつかと同じ答えを返した。
「弁護士の方、です」
 だよな、見覚えある、という言葉は心の中だけにしまっておいて、ユーリは肩を竦めた。
 またなにか悪どいことでも考えているのだろう。呼んでくるというエステルを見送ってから、今度はおずおずとヴェイグが尋ねた。
「・・・レイヴンは、なにか困っているのか?」
「や、大丈夫だ。気にすんな」
 あのおっさんはぴんぴんしてっから。
 前にも誰かとこんなような会話したな、なんて思いながら、ユーリは心配そうなヴェイグに笑みかけた。というか、いっそ苦しんでいればいい。
 それならいいんだが、とヴェイグも表情をゆるめる。そこに、苦しんでいればいい男が走ってきた。
 ヴェイグにへらりと笑って挨拶する。それからせいねーん!とだらっとユーリを呼んで、その首に腕を回した。
 肩を組むような姿勢になって、ヴェイグに聞こえないように耳元で囁く。
「いーい話があるんだけど、聞かない?乗らない?」
「聞かねぇし乗らねぇよ」
 間髪入れずにユーリが断るが、レイヴンはそんなこと言わずにね!ね!と、耳元にも関わらず騒いでくる。すでにヴェイグにも聞こえているんじゃないだろうか。
 面倒になって顔面に裏手を叩き込み、ユーリは溜息をついた。
 ヴェイグが突然のことに驚いていたが、床にのびたレイヴンが手だけを出してひらひらと振る。大丈夫、と言っているらしい。
 手加減はしているし、いつものことだ。それを受けて、ヴェイグが浮かしかけた腰を下ろした。
 おっさん、そろそろ起きろよ。
「ヴェイグから餞別があるそうだ」
 餞別?オウム返しに口にしながら立ち上がったレイヴンにヴェイグが頷く。故郷に帰ることになったから、という報告をしてから、レイヴンにそれを手渡した。
 受け取ったものを見て、レイヴンが目を剥く。
「え、なにこれ?金貨?金貨じゃないどうしたの?」
「分け前だ」
「え、なにそれなにそれ?」
「おっさん、弁護士逃げんぞ」
 どこからどうみても正真正銘の金貨である。そこそこ混乱しているらしいレイヴンにそれだけ言うと、ものすごい勢いで食いついてきた。
 なんで?え?どういうことなのヴェイグちゃん!
 引く気がなさそうなレイヴンに対してなんの反応もせずに、ユーリが指を指す。先程レイヴンと話をしていた弁護士が、こそこそとカフェを出ていこうとしていた。
 言われて気づいたレイヴンが、ちょっと!なんて言いながら入り口に向かう。
「あとで詳しく聞くから、ちょっと待っててよ!」
 振り向いてそう念を押してから、レイヴンは逃げるように店を出た弁護士を追いかけて消えた。
 ユーリは溜息をついて、コーヒーを飲む。やっとうるさいのが消えたな、なんて思って。
 ヴェイグが小さな鍵を見ているのに気づいて声をかけた。
「親父さんがせっかく残してくれたんだからだまされたりすんなよ」
 ああ、あとおっさんには絶対訳話すなよ、オレから言っとくから。
 不思議そうな顔をしながら頷くヴェイグに、ユーリは苦笑する。本当にだまされそうで不安である。
「だが、こんなにあってもどうしたらいいのか・・・」
「持ってろよ。何かあったら相談に来い」
 正直故郷では母と二人でなんとか暮らしていた状態だったのだ。
 日々の食事にも困る、ほどに貧しくはなかったものの、お金は無駄にはできないものだった。それなのに、今急にこんな大金が転がり込んできても、いったいなににどう使えばいいのか見当がつかない。
 とりあえず持ってろ、と言われたから持っているけれど、ものすごく持て余す気がする。
 ヴェイグが眉を寄せる。それだけで考えていることが手に取るようにわかって、ユーリはもう一度苦笑した。
 相談に来い、という言葉に頷いて、それからヴェイグがふと尋ねた。
「ユーリは?」
 これからどうするんだ?と。
 ジゴロに戻るのか、とは口にはしなかったけれど、ユーリはきっと気づいているのだろう。肩を竦めて戻らねえよ、と言いおいてから、
「さあ・・・こつこつ働くかね。そういえば大学行ってたんだっけな」
 結局途中で投げ出した形になったのだが。
 パトロンがいなくなったのだから仕方がない、なんて少々前のことを思い出す。
 働いて金がたまったら行くか。そう思う間に、ヴェイグが顔を上げた。
「・・・お金がいるなら、」
「平気だって」
 オレが出す、と言い出しかねない雰囲気に先手を打つ。案の定そのつもりだったらしいヴェイグが黙り込んだ。
 仮にも騙されそうになった相手に無償で金を出すなんて、お人好しにもほどがある。それに、ユーリとしてもヴェイグに出してもらうなんて格好のつかないことはしたくない。
 沈黙が落ちる。がやがやと騒がしいはずの他の客の声が、やけに遠くに聞こえた。
「とにかく心配して・・・ああいや、悪い」
 気まずい空気を打破しようとしたユーリの言葉が、最後まで言えずに消える。
 心配する資格なんてなかった。間接的とはいえ、元々騙そうとしたのはこちらだったのだから。償う気はあるにしろ、心配できるような立場ではない。
 ユーリは壁に掛かる時計に視線をやって、小さく息をついた。
「そろそろ行こうぜ。駅まで送る」
 こくりと頷いたヴェイグの荷物を持って、ユーリは立ち上がった。

終わりはもうすぐそこ

(行かせたくない、なんて言えるわけがない)

  

ユーリさん(に限らずVメンバーはみんなだけど)レイヴンに厳しいよね、と思いながら書いてたらいつの間にか顔面に裏拳を入れるというものすごい暴力的な感じに・・・w
ここまではしない、かな・・・?
Rの子たちはそういう立ち位置の人がいなかったからなのか性格なのか、大事なとき(夕日の殴り合いとか)にしか手出さなかったから余計にやり過ぎ感があるのかも
140618